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終着の浜辺

  The Terminal Beach (1964)
  邦訳: 終着の浜辺 創元SF文庫(1970)


End Game ゲームの終わり (1963) 訳:伊藤哲

死刑を宣告されたコンスタンチンは別荘に幽閉され、死刑執行人のマレクと奇妙な共同生活を送っている。死刑が執行される時期はコンスタンチンには知らされておらず、マレクはそれを知っているはずだが無表情でそれを伺い知ることはできない。二人は繰り返しチェスを指しながら、引き延ばされた執行までの時間を過ごしている。「1984」的な社会の存在を示唆しながらも、死刑執行を待つ男の心理状態の変容を中心に描いた力作である。

The Subliminal Man 識閾下の人間像 (1963) 訳:伊藤哲

持ち物を恐ろしいスピードで買い換え続けることによって回転する高度消費社会。人々はそのカネを稼ぐために複数の仕事を持って絶え間なく働き続け、クレジットで何年も先の収入までを使い果たしている。目に見えない早さでコマーシャルを表示し続け識閾下に働きかける巨大な標識によって人々の意識はコントロールされていたのだった。サブリミナル広告を過大評価しているきらいはあるが、これはまったく笑い事でない現代の姿だ。

The Last World Of Mr. Goddard ゴダード氏最後の世界 (1960) 訳:伊藤哲

デパートに勤めるゴダード氏は、周囲の人たちの私生活に立ち入ったアドバイスをしては悦に入っている。ゴダード氏が自宅に隠し持つこの街のミニチュアではミニチュアの人々が本物そっくりの生活を送っており、それが彼の情報源なのだ。彼は周囲に煙たがられているが気づいていない。ディックやブラッドベリにも通じるようなファンタジックな作品だが、人間の心理に対する深い省察とブラックなエンディングはバラード特有のもの。

The Time-Tombs 時間の墓標 (1963) 訳:伊藤哲

古代の人々が復活を信じて残した墓を暴いては、死者のあらゆるデータを記録したテープを掘り出して売る墓泥棒たち。新入りのシュプレイはグループに馴染めず、先導役の老人と二人で未盗掘の墓を掘り出して貴重な発見をする。何千年もの時間を超えて過去から語りかけてくる死者たちの虚像。砂に閉ざされた古代の埋葬地帯というイメージに心の奥のどこかが揺さぶられるような感じがしたら、君も立派なバラード・アディクションだ。

Now Wakes The Sea 甦る海 (1963) 訳:伊藤哲

真夜中になると潮が満ち街が水没する幻覚に取り憑かれた男メースン。人が寝静まった頃、静かに海は街に入り込み、街路や家々を飲み込んでは、また静かに引いて行く。妻に訝られてもメースンは真夜中に起き出し、潮が満ち、引いて行く光景に心を囚われている。ある夜メースンはその不思議な景色の向こうに一人の女性の姿を認め彼女を追いかける。落ちに格別の驚きはないが、真夜中に架空の海が街を飲みこむイメージは秀逸過ぎる。

The Venus Hunters ヴィーナスの狩人 (1963) 訳:伊藤哲

バーノン山の天文台に赴任した天文学者ワード博士は、そこでUFOを見たと主張する男カンディンスキーに巡り会わされる。カンディンスキーは金星から来た宇宙船が着陸するのに立ち会い、金星人と交歓したとさえ言う。それを笑い飛ばしながらもカンディンスキーの体験談に抗いがたい魅力を感じるワード博士に、カンディンスキーから今、海王星の宇宙船が着陸しているという連絡が入る。ラストシーンが悲しいくらい素晴らしい作品だ。

Minus One マイナス 1 (1963) 訳:伊藤哲

ある精神病院からヒントンという患者が姿を消した。脱走したのか、あるいは病院の中に潜んでいるのか、医者たちは警察に通報するタイミングを逸したためにのっぴきならない状況に追い込まれる。そこで彼らは「ヒントンという患者など初めからいなかった」というテーゼの正当性を主張し始める。筋立てとしてはブラック・ユーモアであり落ちもある程度予想はつくが、存在というもののあやふやさを述べ立てる下りは唯識論的で素敵。

The Sudden Afternoon ある日の午後、突然に (1963) 訳:伊藤哲

妻ジュディスが留守の間、束の間の気楽な生活を楽しんでいたエリオットは突然不可解な激しい頭痛に襲われる。頭痛は治まったものの、それから彼は経験したこともない偽の記憶に悩まされる。カルカッタでの幼年時代、医師としての生活、それらはどれもエリオットとは無縁のものだが、鮮烈な印象を伴って彼の意識を支配し始める。彼はやがてインド人の医師シン博士に変容して行く。ディック的な筋書きだがこれも存在の本質を問う。

Terminal Beach 終着の浜辺 (1964) 訳:伊藤哲

かつて核実験場だったマイクロネシアのエニウェトック環礁に一人上陸し、放棄された実験施設の間をさまよう男トレーブン。ここには物語はない。ただ廃墟となった軍事施設の中で衰弱しながら、混乱した時間を待ち続ける男の意識の在処を手探りで見出そうとする試みだけが延々と繰り返されて行く。コンデンスト・ノヴェル的な形式を借りた実験的な作品だ。破綻までの時間を限りなく分割しながら永遠の生を生きる男の甘美な滑走路。



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