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永遠へのパスポート

  Passport to Eternity and Other Stories (1963)
  邦訳: 永遠へのパスポート 創元SF文庫(1970)


The Man On The 99th Floor 九十九階の男 (1962) 訳:永井淳

なぜかは分からないが100階建ての高層ビルに昇らねばならないとの強迫観念にとりつかれた男。しかし彼はどうやっても99階までしかたどり着けない。何者かが彼に「100階へ昇れ」という暗示を与え、危険を感じた主治医が「99階で足止めせよ」という別の暗示を与えたのだ。彼らは話し合い、最初の暗示の謎を解くため第二の暗示を解除する。タネは比較的シンプルだが、高層ビルの登頂にとりつかれた男というテーマは興味深い。

Thirteen To Centaurus アルファ・ケンタウリへの十三人 (1962) 訳:永井淳

恒星間飛行のため何世代にも亘って宇宙空間を飛び続ける宇宙船。宇宙船の中で生まれ結婚して子供を残し目的地に着くことなく宇宙船の中で死んで行く乗組員たち。だがそれは乗組員に秘された壮大なシミュレーションであり、宇宙船は地球上の格納庫に設置されているダミーだった。宇宙時代の夢のために浪費される現実と、それを驚くほど従順に受け入れている登場人物たちのありようはバラードならではのもの。結末もよくできている。

Track 12 12インチLP (1958) 訳:永井淳

微細な音を拾って増幅することで物事の新しい実相を知ろうとする極小音響学。主人公のマクステッドはその権威であるシェリンガム教授から自宅に招かれた。マクステッドは実は教授の妻であるスーザンと不倫関係にあった。シェリンガムはマクステッドへの報復を企てていたのだ。ストーリー自体は他愛のないものだが、極小音響学というアイデアには若きバラードの冴えを感じるし結末も素晴らしい。邦題は意訳にしても誤訳だろう。

The Watch-Towers 監視塔 (1962) 訳:永井淳

街の空中に数限りなく浮かぶ「監視塔」と圧政機関である「市議会」とに支配された世界。主人公レンソールは監視塔の目を盗んではミセス・オズモンドの家を訪ね逢瀬を重ね、持ち前の反骨精神から市議会の意思に反して園遊会を企画する。だがいつの間にか監視塔は人々から見えなくなり、その記憶さえなくなってしまった。今や監視塔が見えるのはレンソールだけ。実体の見えない圧迫の本質と恐怖を寓話的に描き出した力作だと思う。

A Question Of Re-Entry 地球帰還の問題 (1963) 訳:永井淳

主人公である国連職員コノリーはアマゾン奥地のジャングルに足を踏み入れた。5年前に地球に帰還したはずの月ロケット、ゴライアス7号とその操縦士であったスペンダー大佐を探しに来たのだ。宇宙時代にあって外に向かう僕たちの視線とは逆に、バラードはまさに「地球帰還の問題」を人類の月着陸の6年も前に指摘していた。科学技術と人間の柔らかな肉体の鮮やかな対比や、熱帯の密林を遡航するイメージはバラードの原風景だろう。

Escapement 逃がしどめ (1956) 訳:永井淳

ある日テレビを見ていると同じシーンが何度も繰り返される。時間がループしているのだ。だが周りの人間はそれに気づいていない。自分だけが時間のループの中に囚われ、繰り返す時間は次第に短くなって行く。初期のアイデアSF的な作品で、主人公一人が異変に気づきながら周囲はだれもそれを分かってくれないというシチュエーションはコンベンショナルなもの。バラードもこういう作品を書いていたのだと思うとちょっとホッとする。

The Thousand Dreams Of Stellavista ステラヴィスタの千の夢 (1962) 訳:永井淳

「ヴァーミリオン・サンズ」シリーズに属する作品のひとつ。主人公はヴァーミリオン・サンズで家を探している。不動産屋に案内されて訪れたステラヴィスタ99番地の向心理性ハウスはかつてそこに住んだ人間の心理と、そこで行われた殺人事件の記憶が深く刻まれていた。人間の心理状態に感応する住宅というアイデアは内面の奥深くに未知の領域を見出したバラードの心象であり、ヴァーミリオン・サンズにおいては当たり前の景色だ。

The Cage Of Sand 砂の檻 (1962) 訳:永井淳

火星の植民地に機器や資源を大量に持ち出したため、地球の質量が減少し軌道が狂う恐れが発生し、埋め合わせとして火星から持ち込んだ砂に潜むウィルスで汚染され封鎖された海岸。死んだ宇宙飛行士を乗せたまま地球を無為に回り続ける人工衛星とそれを追い続ける宇宙飛行士の未亡人。ここでもバラードは宇宙への華々しい夢の背後に残された空虚な人の心の方にもっぱら関心を向ける。封鎖された海岸に居残る男もまた一つの原型だ。

Passport To Eternity 永遠へのパスポート (1962) 訳:永井淳

休暇旅行の行き先について争う倦怠期の夫婦。夫のクリフォードは秘書に命じてあらゆる旅行代理店の旅行プランを調べさせるが、リストアップされてきたのは外星系への途方もない旅ばかり。バラードには珍しいドタバタ喜劇であり、カリカチュアライズされた宇宙旅行のプランには様式化したスペース・オペラ的SFへのバラードの痛烈な皮肉を見出すことも可能か。オチはよく分からずそもそも表題作にするような作品でもないように思う。



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