logo 初期短編



サリンジャー選集 2
若者たち(短編集I)

刈田元司・渥美昭夫 訳
1968 荒地出版社


■ 「エディーに会いな」(渥美)
■ 週一回なら参らない(刈田)
■ イレーヌ(刈田)
他全16編
 
サリンジャー選集 3
倒錯の森(短編集II)

刈田元司・渥美昭夫 訳
1968 荒地出版社


■ 大戦直前のウェストの細い女(渥美)
他全5編


本国で正式に刊行された4冊の書籍に収録されていない中短編22編のうち、金原瑞人の翻訳による2冊の短編集「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年」及び「彼女の思い出/逆さまの森」に収められた18編を除く残りの4編をここに掲載した。

これらの作品はかつて荒地出版社から刊行されていた5巻組の「サリンジャー選集」の2巻と3巻に収められていたもので、この選集は現在では絶版になっているものと見られるが、古書としては比較的容易に見つけられるほか、図書館などでも閲覧できると思うので、興味のある方はさがしてみてほしい。

選集は僕がこのレビューを書いた2009年当時はまだ書店でふつうに売られていたのだが、その後荒地出版社は新人物往来社に吸収され、新人物往来社は中経出版に吸収され、中経出版は今ではKADOKAWAに吸収されている。僕は銀行員であるが、出版業界では銀行業界以上の合従連衡が行われている様子でもうなにがなんだかよくわからない。とにかく荒地出版社はもうない。

ちなみに、荒地出版社のサリンジャー選集のラインアップは以下の通りである。

サリンジャー選集 1 フラニー/ズーイー
サリンジャー選集 2 若者たち(短編集I)
サリンジャー選集 3 倒錯の森(短編集II)
サリンジャー選集 4 九つの物語/大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ
サリンジャー選集 別巻1 ハプワース16, 一九二四


Go See Eddie (1940)

エディーにコーラス・ガールの仕事をもらいに行くようにと妹に指図する兄とその妹との会話を描いた作品。世間体を気にして口うるさい兄と自分に正直でまっすぐな妹のやり取りのように見えながら、妹が実は男にだらしのない女であったことが最後に明かされる物語とも読める。ここでも、兄と妹の自然な会話とかちょっとした仕草や小道具の描写で、まるで映画の一場面みたいな情景が鮮やかに立ち上がってくるのは驚くべきことだ。
落ちを踏まえて読み返せば、何人もの男と浮き名を流しながら兄に対しては達者に口答えをして見せる妹ヘレンのしたたかさが印象的だ。罪のないコメディのようなワンシーンを切り取りながら、その背後にあり得る物語の広がりをも感じさせる筆力の達者さは若きサリンジャーの非凡な才能を思わせる。作品自体としてはあくまで初期の習作、素描にとどまるが、この作家が生来的に身につけている洗練の筋の良さを感じさせる小品である。


Once A Week Won't Kill You (1944)

これから戦地に赴く男性が、後に残して行く妻と面倒を見ている叔母に最後の別れを告げるエピソード。戦争が外地で戦われており、アメリカ本土の平和な生活は見かけの上では何も変わらない。そのために、実際に外地で戦う男性と、銃後を守る女性との間には大きな意識のギャップがあり、それが逆に当時のアメリカ人の精神に深刻な危機をもたらしたであろうことがはっきり読み取れる作品である。軽いタッチだがトーンは重苦しい。
後を託す妻に、叔母を週に一度は映画に連れて行ってくれと男性は何度も念を押す。「それくらいなら参らないよ」。「参るってだれが言いましたか? わたし参るって言ったことあって?」と妻は言う。叔母は変わりつつある世相の中で自分を取り巻く物事を以前のまま留めておくのに執心しているように見える。前後の説明もないワンシーンを描くだけで戦争がいかに登場人物に暗い影を落としているかをはっきり分からせる秀逸な作品。


Elaine (1945)

アウト・オブ・タッチな母親と祖母に育てられた頭の弱い少女の物語。彼女はとびきりの美人だが、いかんせん、学校の勉強と同じように世の中を生きて行くためのいろいろな機微を理解することができない。彼女の日常は、やはり世間から外れた生活を送る母親や祖母とともに映画館に通うことで成り立っている。この辺は『Once A Week Won't Kill You』に出てくる、現実への適応能力を失った叔母のエピソードを思い起こさせもする。
ストーリーは、彼女が何年もかかって学校を卒業し、映画館で知り合った男性と初めてのデートをして彼との結婚式にまで至るが、式の席上で母親が新郎の母親と諍いを起こして結婚は破談となり、結局彼らは映画館に戻って行くという他愛のないもの。しかしここに何か人間存在の本質の一端を垣間見たような深い感興が残るのは、サリンジャーの人間観察の注意深さとその描写の見事さによるものだろう。おかしくももの悲しい作品である。


A Young Girl In 1941 With No Waist At All (1947)

ある男性と婚約し、その母親(将来の姑)と二人で長期の船旅を楽しんでいる若い女性が、船で知り合った青年に口説かれ、婚約の破棄を決意するという物語。船の寄港地に上陸して束の間のデートを楽しむ彼らの背後には戦争の色濃い影が忍び寄っている。見通し難い将来を前に、彼らも、そして彼女からの婚約破棄の申し出をあっさり受け入れた婚約者の母親も、自分たちの判断とか責任とかに対する自信を失っているように見える。
もちろん、この女性が船の中で知り合った青年と円満に交際を始め、継続することができるかは別の問題である。それはここではどうでもいいことだ。ここでは、彼女が青年と向かい合い、自分の言葉で語ろうとする中で、自己決定という単純なルールを身につけたことが重要であり、そのための物語である。もっとも、作品としては主題に対して入れ物が冗長であり、ポイントが絞り切れていない憾みがある。必ずしも印象は強くない作品。



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