初期短編
本国で正式に刊行された4冊の書籍に収録されていない中短編22編のうち、金原瑞人の翻訳による2冊の短編集「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年」及び「彼女の思い出/逆さまの森」に収められた18編を除く残りの4編をここに掲載した。 これらの作品はかつて荒地出版社から刊行されていた5巻組の「サリンジャー選集」の2巻と3巻に収められていたもので、この選集は現在では絶版になっているものと見られるが、古書としては比較的容易に見つけられるほか、図書館などでも閲覧できると思うので、興味のある方はさがしてみてほしい。 選集は僕がこのレビューを書いた2009年当時はまだ書店でふつうに売られていたのだが、その後荒地出版社は新人物往来社に吸収され、新人物往来社は中経出版に吸収され、中経出版は今ではKADOKAWAに吸収されている。僕は銀行員であるが、出版業界では銀行業界以上の合従連衡が行われている様子でもうなにがなんだかよくわからない。とにかく荒地出版社はもうない。 ちなみに、荒地出版社のサリンジャー選集のラインアップは以下の通りである。 サリンジャー選集 1 フラニー/ズーイー ■ Go See Eddie (1940)
エディーにコーラス・ガールの仕事をもらいに行くようにと妹に指図する兄とその妹との会話を描いた作品。世間体を気にして口うるさい兄と自分に正直でまっすぐな妹のやり取りのように見えながら、妹が実は男にだらしのない女であったことが最後に明かされる物語とも読める。ここでも、兄と妹の自然な会話とかちょっとした仕草や小道具の描写で、まるで映画の一場面みたいな情景が鮮やかに立ち上がってくるのは驚くべきことだ。 ■ Once A Week Won't Kill You (1944)
これから戦地に赴く男性が、後に残して行く妻と面倒を見ている叔母に最後の別れを告げるエピソード。戦争が外地で戦われており、アメリカ本土の平和な生活は見かけの上では何も変わらない。そのために、実際に外地で戦う男性と、銃後を守る女性との間には大きな意識のギャップがあり、それが逆に当時のアメリカ人の精神に深刻な危機をもたらしたであろうことがはっきり読み取れる作品である。軽いタッチだがトーンは重苦しい。 ■ Elaine (1945)
アウト・オブ・タッチな母親と祖母に育てられた頭の弱い少女の物語。彼女はとびきりの美人だが、いかんせん、学校の勉強と同じように世の中を生きて行くためのいろいろな機微を理解することができない。彼女の日常は、やはり世間から外れた生活を送る母親や祖母とともに映画館に通うことで成り立っている。この辺は『Once A Week Won't Kill You』に出てくる、現実への適応能力を失った叔母のエピソードを思い起こさせもする。 ■ A Young Girl In 1941 With No Waist At All (1947)
ある男性と婚約し、その母親(将来の姑)と二人で長期の船旅を楽しんでいる若い女性が、船で知り合った青年に口説かれ、婚約の破棄を決意するという物語。船の寄港地に上陸して束の間のデートを楽しむ彼らの背後には戦争の色濃い影が忍び寄っている。見通し難い将来を前に、彼らも、そして彼女からの婚約破棄の申し出をあっさり受け入れた婚約者の母親も、自分たちの判断とか責任とかに対する自信を失っているように見える。 2009-2023 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |