1998.4.14 神奈川県民ホール(2) SCRATCHより親愛なるSilverboyへ 続きを話そう。 アンコールの拍手が始まったのが21時10分。おそらく神奈川県民ホールの終了規定は21時30分と思われる。この会場は、横浜にあるコンサートホールの中では規制が厳しい方だといわれており、さすがに今はそこまで酷くはないようだけど、僕らがティーンエイジャーのころは、観客が総立ちになっただけで出入り差し止めを喰らったバンドがあったと聞いているほどの会場なんだ。 バンドはなかなか姿を現さない。きょうはメドレーを諦めるつもりなのか。そりゃないだろう。そんなことを考えているうち、後ろが何やら騒がしくなってきた。振り向くと1階の観客がウェーブをしている。(何の打ち合わせもなく始まったウェーブがぴったり揃うというのはなかなか感動的なものだよ。君は苦笑するかもしれないけどね。)しかし、ウェーブが5往復しても6往復もしても、それでもバンドは出てこない。時間がないんだぞ。どうするんだよ。ウェーブに飽きた観客がどんどんと足踏みを始めた頃、ようやくHKBがステージに姿を現わした。佐野はウーリッツア・ピアノの前に向かう。 結論から言おう。この日のアンコールはアンコールじゃない。「第2部」だ。そう言っても決して言い過ぎではないと僕は思っている。「第1部」の最後にいきなりバキバキと殻を破ってグレードアップしてしまったHKBが総力をあげてファンに送った「第2部」がどんなものだったかは、曲目を見てもらっただけでもある程度の察しがつくはずだ。
Silverboy、この演奏曲目をどう思う?この中にはこのツアーで演奏されてきたモトハル・クラシックのほとんど全てが詰め込まれているんだ。僕は思ったよ。「こりゃあまるで大蔵浚えだな」って。大蔵浚えという表現が解りづらかったら在庫一掃といってもいい。HKBはここで現時点の手持ち財産を全て吐き出した。すっからかんになるまで演奏して演奏して演奏し尽くしてくれたんだ。 「第2部」に入って佐野は再び饒舌になった。だが今度の饒舌は、ただやみくもにおしゃべりなだけじゃない。
そして残りの5人も"望むところだ"とばかりに目をギンギンに光らせ、いかにして聴衆を喜ばせようかとあの手この手で迫ってくる。 西本が弾くオルガンの上で何かがケチョケチョいっている。KYONが転がしている「アルマジロ」だ。その音が右へ左へ、まるで会場中を駆けずり回っているかのようにこだまし始めると、それまでおとなしかった井上のベースがいきなりチョッパーになってパン、パンと飛び跳ね、さながら「アルマジロ」と追いかけっこをしているかのように会場に響きわたる。
この曲の後半部分はいつも白熱したソロ合戦が繰り広げられ、それがこのツアーにおいても各会場でいろいろなドラマを生んできた。ソロ合戦は通常、佐橋のギター→KYONのマンドリン→佐野のハーモニカという構成で行われるが、時にいきなりスペシャル・パッケージとなって居合わせた者を興奮の渦に突き落とすことがある。 「The Hobo King Band、ギター、コロちゃん。」 「The Hobo King Band、Dr.KYON。」 ところで、KYONがオーディエンスを相手にゴキゲンなダックウォークを繰り広げている頃、後ろではちょっと気になる動きがみえていた。佐野が井上のところにツツーッと寄っていき盛んに何か耳打ちしている。耳打ちされた井上は目の脇を真っ赤にして自分を指差し「えっ俺?」とでも言いたげな表情だ。これはもしかすると…元べーシストの僕は心の中で密かにガッツポーズ。そしてKYONのソロが終わると、佐野はハーモニカをとらずにマイクに向かってこう言ったんだ。 「The Hobo King Band、トミー。」 「The Hobo King Band、西本明。」 「The Hobo King Band、小田原豊。」 そうして小田原のソロが終わると最後は佐野のハーモニカソロの番だ。佐野はセンターマイクに向かって進んだが、寸前でその足はぴたりと止まってしまった。そこには先客がいたんだ。センターマイクの前にはKYONが仁王立ちになって、近づいてくる佐野をじっと見つめていた。 マイクスタンドを挟んでじっと見つめあう佐野とKYON。いったい何が起きようとしているんだろう。会場中が固唾を飲んで見守る中、KYONはゆっくりとしたモーションでマイクスタンドに貼りつけられていた佐野のハーモニカを外し、それを表彰状でも渡すかのようにうやうやしく佐野に差し出した。佐野がそれを受け取るとKYONは右手を上げ、センターマイクに向かってこうコールした。 「The Hobo King Band、佐野元春!」 それは僕にとって非常にショッキングであり、何よりも感動的な出来事だった。佐野はどんな時でもThe Hobo King Bandの一員、だからみんなと同じように紹介されてあたり前なんだというこの事実。KYONは至極当然のことをしたに過ぎないのに、それがこんなに感動的に映るのはどうしてなんだろう。 「I'm a big boy now、とてもいかしてるぜ」 今の彼らを表現するのにこれ以上適切な言葉はおそらく無いんじゃないだろうか。 他の曲についても書きたいことは山のようにあるけれど、全て書いていたらこの文章はいつ仕上がるか判ったもんじゃないのでそれはまたの機会にしようと思う。ただ、最後の最後にステージと客席との間で交わされたやり取りだけはここに特筆しておきたい。 佐野元春はギターを置くと、両腕で自分を抱くようにしてモニタースピーカーの前に座り込んだ。それはさながら、会場に響き渡る声援を自分の身体いっぱいに封じ込めようとしているかのように僕の眼には映った。どのくらいそうしていただろう。佐野が立ち上がりセンタ−マイクに向かって「どうもありがとう。」と言った次の瞬間、間髪を入れずに客席からはこんな声があがったんだ。 「もう1曲いこう!」 佐野はよく聞き取れなかったらしく「何?」という表情をしてこっちを向く。 僕の周りの女の子たちが素早く反応して再び唱和する。「もう1曲いこう!」 最初の声の主はさらに続ける。「景気良くいこう!」 この時、時計の針は22時25分を廻っていた。開演から約3時間半。そこになおかつ、間髪を入れずに「もう1曲」を要求した横浜のオーディエンスは僕の誇りだ。僕はこの街のオーディエンスであったことをこの時ほどよかったと思ったことはない。 佐野は最後にこう言ってステージを下りていった。 横浜のステージはこうして終わっていった。そして「THE BARN TOUR」も正真正銘、これで本当のお開きとなった。僕はここで改めて佐野とバンドに深く感謝したい。そしてSilverboy、僕のへたくそな報告に最後までつきあってくれた君と、君のページの愛読者の方たちにもね。ほんとうにどうもありがとう。 親愛なるSCRATCHへ メールどうもありがとう。 最後のレポート、とても楽しく読ませてもらった。今はまずキミにご苦労様と言いたい。 このツアーを文字どおり最初から最後まで追い続けたキミの貴重なレポートからは、キミ自身がこのアルバム、このバンド、そして何よりも佐野元春に触発され続け、何かとてつもないものを見届けようとする熱のようなものがよく伝わってきた。このバンドがライブのたびに成長し、闘い、新しいグルーブを獲得して行くさまを、こんなにいきいきと伝えてくれるメディアは他にはなかった。 「THE BARN」、今夜僕はこの豊かなアルバムを、寝静まったドイツの一隅で、もう一度小さな音でかけてみようと思う。そして、その向こうから聞こえてくる夜の息遣いや街のざわめき、あるいは森の奥の静寂やかすかなエンジン音といったものに耳を澄ませてみようと思う。そして、キミの旅や僕の旅、佐野元春の旅のことを思おう。どこまで続いて行くのか分からない、長い旅のことを。 Silverboy 1998-2021 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |