logo 「G*R*A*S*S」ALBUMを携えて〜心の彷徨(さ迷い)〜/林 和彦


明らかに僕はさ迷っている。
困ったことに、2000年の11月22日から、そのさ迷いは
終わることを知らないままなのだ。

時にそのさ迷いの度合いは、軽く浅くなるものの、
その後には決まって重く深く激しさを増してリバウンドする。
それはまるで潮の満ち引きにも似て
何度も確実な周期を経て僕を襲って来る。
そしてそれは、未だに止むことの無いまま続いていることを
僕はここに告白しよう…そう「さ迷っている」ことを。

「さ迷い」の原因は至って簡単な出来事である。
僕の手許に佐野元春というミュージシャンのALBUM、
『G*R*A*S*S』が届いたから、そしてそれを愛聴したから。
それしか考えられない。

入手した当初は、
『01.ディズニー・ピープル』が醸し出す勢いに押されるように、
そのサウンドの躍動感に心奪われていた。
この耳で感じ取れるのは、一聴したところでは「抽象的」…、
しかし「象徴的」なフレーズの速射砲。
例えば「夢」や「花」といった言葉で彩られる「ディズニー・ピープル」が
(もしくはその周辺の「環境」が)
ポジティヴなイメージを振り撒いて駆け抜けていく様子が感じられる。
♪ジャンボリー・チューズデイ〜♪のフレーズと繰り返しのGuitarが
まさにSOUL MUSICのコール&レスポンスのように
極めて饒舌にサウンドを彩っている。
そしてその曲から受ける「ドキドキ」する気持ち…。
このR&Rが表現する高揚感を抱いたままで、
ALBUM全体を味わって行くことが出来たし、
その「感触」に対して、僕は充分に満足することが出来た。

そして僕は、自分の心にフィットする作品だと確信した。
なぜならそこには、紛れもなく
「一人の人間」が存在するように思えたから。
そしてそれは、紛れもなく
僕が素直に親近感を持つような人間だと感じたから。

そう、言い方を換えれば、
紛れもなく「一人の主人公」が存在しているのが
この『G*R*A*S*S』ALBUMなのだ。

そしてその主人公の心の動きが表現されていると
特に強く感じる点は以下の3点である。

1.『12.ボヘミアン・グレイブヤード』

これはもう、イントロの「キーボード」の響き。
夜空がやがて、明け方の空に移り変わっていくかのように聴こえる。
例えるならばそれは「バグパイプの音」。
ここから「夜明け」を感じてしまわずにはいられない。
それを裏打ちするかのように
「まるで夢を見ていたような気持ち」と言う表現が使われている。

2.『13.モリスンは朝、空港で』

「まだちょっとだけ眠たい」けれど、確実に主人公は動き出している…
そんな印象を受ける曲である。
少し肌寒い11月の情景が描かれているのが理解出来るが、
決してそこにメランコリックな感傷やらを刷り込んでいるのではない。
むしろ、主人公が眠気から覚めるかのように徐々に織り込まれて行く
様々な情景や心象風景にこそ、感じるところがある。
それはまるで、「意識の覚醒」を観ているかのような気持ちに
聴き手を誘うことに成功していると言える。
新しい一日は、確かに始まりを告げた…。
もしかしたらばこの曲が、この『G*R*A*S*S』ALBUM のマグネット
の一つなのかも知れない。

3.『パッケージ』

あえて言うならばそれは、
CDのパッケージを手にして、
この目で『G*R*A*S*S』ALBUMを目の当たりにした時の
「かすかな、しかし大きな心の揺れ」とでも言うべきものかも知れない。

パッケージの表紙。
そこには人の姿らしきイラストがある。
青い姿。そして胸のあたりが赤く染まっている人の姿。
そして動いているかのように右(前方?)に傾いた体勢をとっている。

それはまるで、
「熱き心を(薄ぼんやりとでも)燃やしながらさ迷い歩く」
かのような印象を僕に与えている。
同じような人の姿が、他にもパッケージには描かれている。

「青から赤」に、そして「緑」。色使いやら形を変えて
その人は明らかにこちらに何かの動きを伝えようとしてるかのようだ。

…以上の3点から僕が受ける『G*R*A*S*S』ALBUMについての、
ある特別な「想い」。それはやはり「さ迷い」である。

明らかに主人公はさ迷っている。
そして性質の良くないこと(もしかして幸運なこと?)に、
聴き手までもがその「さ迷い」に知らず知らずのうちに
引き込まれているのである。
さらに加えれば、そのさ迷い自体を楽しんでいるかのような
そんな「もう一人の自分」さえもが感じられる…
そんなALBUMなのである。

パッケージの「人の姿」。
そして、『G*R*A*S*S』ALBUMの文字。
もちろんALBUM自体で表現されるサウンド。
これらが渾然一体となって、しかし薄ぼんやりとぼやけた佇まいで
こちらを向いて挨拶をしているのが、
僕にとっての『G*R*A*S*S』ALBUMである。

その印象(イメージ)は、
まるでその正体を明かすことを緩やかに拒む
1枚のヴェールのように存在している。
しかし、その一方で、その正体を解き明かそうとする心理を
明らかに、そして穏やかに挑発し続けるものである。

そして、ふと気付く。
冒頭に語った「僕の心のさ迷い」は、
その「挑発」に乗ってしまったが故の事ではないか?
あまりにも僕の心の動きの中に、『G*R*A*S*S』ALBUMの
「醸し出すもの」が入り込んでしまったからではないか?

それは…。

ある時は鮮やかな緑にも似た「エヴァーグリーン」な感触、
ある時にはダークな佇まいにも似た「レッド」の感触、
ある時に深い夜の谷間にも似た「ダークグリーン」の感触、
そして浅い春の息吹にも似た「ピュア・ホワイト」の感触…、
そういったいろんな感触を
その時々に僕の中に木霊させるものなのかも知れない。

ならば一層のこと、それをとことん楽しんでみるのも
乙なものではないか・・・とすら考えている。
もちろんそれは「さ迷い」を「彷徨」と言い換えることで、
そこに少しのポジティヴさを加味しながらのことではあるが。

その時々の僕の心境で、
ともすれば受け止めきれない時には、
僕の心を深く不安の色に染め上げるような。
しかしじっくり心を傾けて聴かずとも、
軽くニュートラルな気持ちで向き合える時には、
まっすぐに感じるたおやかさの時には、
それを素直に励ましたくなるような。

きっとそんな様々な佇まいを感じながら、
僕は「心の彷徨」そのものを楽しんでいるのかも知れない。
まだまだ彷徨い続ける予感と共に…。


林 和彦(はやし・かずひこ) 35歳。佐野元春に留まらず、いろんな音楽の中にROCKやSOULを感じることに生き甲斐を見出している「音楽バカ」。日常を過ごす京都府南部地方をこよなく愛する一市民でもある。とにかく身体を動かすことが好きで、新しい仕事を見出し、それにCHALLENGEするSPIRITも持ち合わせている。ネット上では「kazpon(和ぽん)」のHNで登場しているが、元来のSHYな性格が隠しきれていないのが弱点かも知れない。メールはihk@nyc.odn.ne.jpまで。



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