logo 光の中の絶望 − 再び曙光を探しに/藤木健次郎


Dear Grass Man

きっと君のことだ。心を決めたらあわただしく旅支度を整え、夜明け前、空港に向かうためタクシーに飛び乗ってしまったに違いない。今頃は搭乗手続きも済ませ、人気もまばらな空港のロビーのベンチに腰掛けて、ようやくこの手紙に目を通し始めている、といったところだろうか。なにはともあれ、こうして時間を取ってくれたことに感謝するよ。どうもありがとう。過去を振り返るのは君の性に合わないってことくらい分かってはいるけれど、少しだけ僕の話につきあってくれないか。

君からあんなに長い手紙が届くなんて思ってもみなかった。これまでに何度か短い便りをもらったことはあったけれど。とにかくうれしかったよ。君はどうにかタフに生き残っているようだ。心の泉の底に眠る言葉と共に。装いを剥ぎ取ったままの魂で。ズタズタに、それでいて揺るぎなく。

メッセージは難解だった。複雑に絡み合ったその言葉の中、いろいろなイメージが交錯した。 君は相変わらず景気よくアジア中を駆け巡り、夜を美しく飾ろうとする。パレードの雑踏を眺めながら、今までとは違う明日への予感を感じている。雨の日、大切な友達からの知らせをただひとり待っている。変わらない約束で愛する人に誓いを立てている。どれもこれも本当の君。ありのままの君。

その多様な描写の中で僕の心を揺さぶり、悩ましたものがあった。何度も君からの手紙を読み返すうちに、実は随所にそのイメージがちりばめられていることに気づいた。それは僕の心を掠め、残像だけが拭いきれない記憶の石となって魂の内奥へと深く沈んでいった。それらのひとつひとつに、僕はあえて言葉を与えようと思っている。うまくいけば、それがそのまま君への返信になるはずだから。

『陽ざしがすべてを隠してゆく』

この言葉が地図だった。君の世界を、君の歩幅で足跡をなぞるように歩いているうちに、だんだん君の姿が見えてきたんだ。ポジティブなサバイバルの精神とか、ユーモラスなエンターテイナーの気質といったものに隠れて普段は見えないもうひとりの君。「僕は光の中で絶望してしまった」。あまりにも無抵抗な君。為すすべもなくただこぼれてゆく人たちを静かに眺めることしかできない。そう、それは光の中の出来事なんだ。

光の中から叫んでいる。祈りにも似た痛切な嘆願(ミスター・アウトサイド)。光へ向かいながらも、それが穏やかな青い風に吹かれた逃避であることに気づいている(インターナショナル・ホーボー・キング)。誰もが無垢に永遠を誓い合うあの特別な日でさえ、君の目には美しくも儚い夏の幻と映る。その視線の果てにあるのはすべての人が等しく迎える終焉(天国に続く芝生の丘)。この世界との絶望的な不調和に傷つきながらも、広場や丘や空をあてもなく探し続けている(ジュジュ)。どうやって償えばいいのかわからない罪の数々。浮き彫りの愚かさ。光の中で失ったものすべての答えは神だけが知っている(石と卵)。岸辺、日だまり、青空。夢心地で迷い込み、今、雨の中(ボヘミアン・グレイブヤード)。

光を想起させるイメージの中に織り込まれた喪失、虚無、そして絶望。一体君にとって「光」とは何なのだろうか。思うにそれは放浪者としての希求の果てに君が大きく描く理想なのではないだろうか。若い頃、君は真実や自由を探す闘いに果敢に踏み込んでいった。君はその旅の途中で、出逢いや交流や冒険を重ねながら足跡をしっかりと街路に残していった。多くの障害と自分自身の成長の過程の中で、やがて君は気付くようになった。追い求めていたあるものは観念的な夢や幻に過ぎなかったんだ、と。時々いても立ってもいられなくなって、その心情を吐露したことが何度かあったっけ。『最低』と自分に毒づいてみたり、ことさら『大人になった』と声を大にして叫んでみたり、『残された理想が見当たらない』と打ちひしがれたり。そしてついに君は訣別を表明した。誰もが、とりわけ君自身が夢や希望を重ねていたあの「光」に対して。探していた「真実」や「自由」、そんなものはもうどこにもないんだ、と。

それでも後ろを振り返ったり、あきらめてその場にくずおれてしまうわけにはいかない君は音楽とユーモアと知恵で再武装し、やり方を変えながら荒地をたゆみなく歩き続けた。僕は今改めて思うんだ、その旅は君にとって実は相当つらいものだったんじゃないかって。手に入れた多くのものに対して君が失望してしまったように思えて仕方がないんだ。「光」に向かって突き進むがゆえに遭遇してしまう目も眩むほどの絶望。君はそいつと向かい合ってきた、目を背けることもなく。愛しく思っていたものがまたひとつ消えてゆく。あるいは君からのさよなら。辿り着いた「光」の中に満ちてくる喪失感。その現実の重さにペシャンコに潰されてしまう前に、とりあえずは自らを眠らせようと君は再び「夜」に帰ってゆく。眠れぬ「夜」、絶え間なく繰り返される光への希求は欲望のうねりとなって闇の中を徘徊する。『君が欲しい…』。

君の心の激しい葛藤を知るとき、届けられた『目が覚めてきたぜ』というメッセージの重みを僕は感じずにはいられない。君は実現することもない浅はかな夢にまどろんだり、怠惰に眠りこけたりしていたわけじゃないんだ。もう一度目覚めるために、やむなく選び取った「夜」に君は眠らざるを得なかったんだ。『これが自由なら 眠らせて欲しい』と。

心を決めたんだね。たとえ新しい旅の果てに君が描き直した「光」や「虹」の上に、さらに深い「闇」が降りてくるだけだとしても。君のクレイジーエンジンのギアはもう入れ直されている。君は「サンチャイルド」。見返りを期待せずただ与え続け、なぜかいつも奪われている。「光」の中で絶望を繰り返す君はひとりぼっちの自分を癒し勇気づけるため、今、自らに忠節を誓う。これから先、何度「夜」に眠ることになろうとも、必ず『目を覚ますまで 君のそばに』いる、と。『誰にも何も言わせない』と。

いつか君が言っていた、この宇宙に見いだされるべき「旅の果て」に辿り着くまで繰り返されるであろう絶望と希求。君の見渡す地平にいつか本当の曙光は輝くのだろうか。いつか本当の夜明けの唄は聞こえてくるのだろうか。僕は君から目が離せない。それは昔も今も変わらない。いつも遠くから君を見ている。

どうかこれからも良い旅を。


2001年2月 夜明け前

little blue bird


藤木健次郎(ふじき・けんじろう) 31歳。神奈川県厚木市在住。学生時代、「円の面積を算出する」というおおよそ使い道のないプログラムを"設計"したというキャリアを掲げ、2年前IT業界に入り現在に至る。ヒート・ウェイヴの音楽をこよなく愛する一面あり。一時期山口洋の地元福岡に暮らし、そのとき彼らの音楽と出会い、その演奏を体験する。世界にまたがるこの仮想空間で「電気的ホームレスにはなりたくない」をモットーに、密かに電気的ホーボーになる決意をしている。ハンドルネームは「fken」。メールアドレスはfken@as.airnet.ne.jp



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