ここ1、2年佐野はコンサートのMCでよくこう言った。
「みんなは僕のことを友達のように扱ってくれた」
「僕は友達のみんなのためにいい曲を書いていきたい」と。
リップサービス以上のものをもたないと思っていたこの「友達」という言葉は「GRASS」の謎を解くカギになるように思う。そして「GRASS」の謎を解けば、佐野が本当にファンを「友達」と感じていること、そして佐野が次に進む場所が見えてくる。「GRASS」の中で「友達」と言う言葉が出てくる曲は3曲ある。「風の中の友達」、「モリスンは朝、空港で」、そして「サンチャイルドは僕の友達」。その中で私は「モリスンは朝、空港で」に注目したい。
「この街は今 無意味なカーニバル」友達は言う
3曲のうち1曲だけ実際に友達の話す言葉が書かれている。あとの2曲は曲の中の主人公の呼びかけである。もし、コンサートのMCどおり「ファン」が「友達」だとするなら、どんな気持ちで「ファン」はこんなことを言うのだろうか。
おそらく「無意味なカーニバル」は1曲目の「ディズニー・ピープル」にかかっている。ファンが佐野と一緒に人生をドライブすると、時々、佐野は地図には載っていない場所を走ってしまう。たとえそこが砂漠でも街灯のない暗闇でも好奇心がくすぐられればハンドルを切る。ファンが水を望んでも光を望んでもひたすら走りつづける。まさに生死をかけたドライブである。そして、ある場所にたどり着いたとき、佐野とファンは自分たちにしかわからない快楽を得る。リスクを冒したからこそ得られる快感。そんな快感を得た佐野とファンが綺麗に舗装された道路に再び戻り、色とりどりの車や能天気な笑い顔を浮かべて歩く人たちを車中から見ると、「ファン」は「この街は今 無意味なカーニバル」とつぶやきたくなるのではないだろうか。佐野が公言しているようにここに収められた曲の主人公は限りなく佐野元春に近い人物。それを佐野自身がグラスマンと名づけた。佐野は曲を作るとき、決して自分の思いを曲に託すわけではなく、主人公を立てて、その彼(彼女)を中心とした物語を描写して曲にする。だから、曲の中の「君」は「佐野元春のファン」にはなりえない。けれど、この「GRASS」に収録されている曲の「君」は「ファン」になりえるのではないだろうか。というより、「GRASS」に収録されて初めて「君」=「ファン」になることが許されるような気がする。
例えば「イノセント」
君を愛してる
君がただ一つの真実この「君」は「ファン」にはなりえない。もちろん聞き手が自分を投影することは自由だけれど、少なくとも曲の主人公が佐野元春ではないのだから「君」=「ファン」とすることはできない。実際、マキシシングル「イノセント」のキャッチコピーには「すべてのミュージックラバーへ贈る感謝のラブレター」とある。
しかしアルバム「GRASS」の中の「ブッタ」
君だけを愛してるんだぜ
君だけに伝えてるんだぜこの「君」は主人公が限りなく佐野元春に近いからこそ「GRASS」を聴いてくれた「ファン」の一人、一人とすることができるように思う。
今夜も愛をさがして…
都会の錯綜する光と闇に巻き込まれるティーンエイジ。コンクリートの壁に吐き出した感情はたやすく跳ね返り、自分のことをより一層複雑にする。心のよりどころもなく、行くあてもない。今はただ、不安と寂しさに背を押され、インスタントな出会いを求める。
けれどいつかイノセントな愛を見つけ、イノセントを共有できる誰かと巡り会うことを信じている。そんな若者のことを唄った佐野元春のデビュー曲「アンジェリーナ」の一節。
果たして佐野元春の探していたものは何だったのだろうか?もちろんアンジェリーナが佐野元春というわけはない。ただ、もし、デビュー当時の佐野に「あなたは今、何を探していますか?」と問えば、佐野は自分の曲を聴いてくれる「ファン」と答えるのではないだろうか。転校生が新しい仲間を見つけるように、営業マンが顧客を探すように、佐野は曲の聴き手を探していたのではないか。佐野元春のイノセンスを受け入れてくれるファン。ファンのイノセンスを受け入れる佐野元春。そして、互いのイノセンスを共有できる人のことを我々は「友達」というのではないだろうか。アルバム「GRASS」に収録されている「君」に「GRASS」を聴いたあなた自身を当てはめると、「GRASS」は佐野とファンの20年の軌跡を描いているように思える。
そして、今後の佐野元春は12曲目「ボヘミアン・グレイブヤード」で伺える。「ボヘミアンの墓」と訳すこの曲は、あるいは「ボヘミアンとしての佐野元春の墓」とも訳すことができるかもしれない。次の佐野はボヘミアンとしての自分を一時、封印し、綺麗に舗装された道を誰よりも速く、誰よりも力強くドライブしたいと思っているのではないだろうか。「無意味なカーニバル」を変えるために。
でも、そんなこといくら友達でもシラフでは言えないから、グラスマンは酩酊する。 そして、ブルバードのさえずりとともに冬の眠りから「君」が目覚めたとき、再び佐野元春は走り始める。
松井慎太郎(まつい・しんたろう) 24歳。フリーライターであり、詩人であり、小説家でもある。しかし、それは陽の当たらない深海での話。いつか進化して陸上に上がる日を夢見て、今は一生懸命、海底で日焼け止めクリームを探しています。メールはeshin@f5.dion.ne.jp。