logo ブルーバード・ふたたび空へ−"Back to New Adventure"/長谷川雅典


新たなる冒険へのプロローグ。
アーティスト・佐野元春の立ち位置を一連の20周年アニバーサリー活動で確認した後、もう一つの側面である「個」としての佐野元春の人間性・イノセンスを再び巡ってみる。
アルバム『GRASS』はそういう役割を担ったある種〈プライヴェート・アルバム〉の匂いを撒き散らして、僕たちの心に優しくそっと届けられた。
「ひとりの人間」としての佐野元春、もしくは彼の心情に近いものがこのアルバムに散りばめられている。僕がこのアルバム・タイトルであるGRASSという言葉、そして収録された曲たちを聴いて抱いたファースト・インプレッションは〈極めて裸に近い佐野元春〉というものだが、これは作品の様子を表す言葉としてじっくりと聴いている今でもその印象は変わらない。
『GRASS』アルバムに登場する主人公が佐野さん自身だと言い切ることはできないけれども、佐野さんの心情に近い〈ひとりの男〉だと捉えるのが自然だろう。そして、その主人公はありふれた日常に佇んで〈不安〉や〈笑顔〉を心に抱えている、そんなストーリーが『GRASS』アルバムに収録されている曲たちの中に見え隠れしている。

こういったパーソナルな心情をプリミティヴに表現するには、初期衝動性を感じさせてくれるロックンロール・フォーマットが有効だ。「ディズニー・ピープル」は未発表曲であるが、こうしたロックンロールを始める高らかなファンファーレとしてごきげんにオープニングを彩っている。このジャンボリー(僕はこの"Jumboly"という佐野さんによる気ままな造語を「ワクワクする」と訳したい)なロックンロール・チューンに歓喜しないファンはいないだろう。素敵なグリーティングであるし、佐野さんの「このアルバムを楽しんでほしい」という願いが聴き手に強く伝わってくるようだ。
また今回コンパイルされた曲たちは、メッセージや想いをより明確に伝えるため、再ミックス/エディットによってオリジナルに施されていた装飾を最小限にまで削ぎ落とされた。結果として、その「核」を浮き彫りにすることに成功し蘇生されている。〈スリー・ミニッツ・ロックンロール〉に仕上げた佐野さんの意図はここにあるのだろう。素敵なロックンロール・クラシックスの数々がそうであるように。

そしてプリミティヴな感情の表現として、この『GRASS』アルバムの2曲目「君が訪れる日」から12曲目「ボヘミアン・グレイブヤード」までの11曲にはすべて〈君〉が登場していることに気づく。どこかにいる、もしくはどこにでもいる〈君〉が。
そんな〈君〉のことを想っているある一人の主人公は、不安・喜び・祈り・希求・悲しみ・愛・とまどい・・・そういった感情を不器用であるが正直に語っている。これらの11曲に込められている気持ちは一人の人間としての佐野元春のパーソナルな感情に近いものである可能性が高い。そういう意味で『GRASS』アルバムを〈プライヴェート・アルバム〉と捉えてみるのもあながち外れではないだろう。

そういった様々な感情が入り混じってはいるにもかかわらず、佐野さんの唄はどれも不思議とポジティヴに響く。決して後ろを振り向いていない。そう、陽気でいようとすることを諦めるわけにはいかない、と言わんばかりに。
「そうだ!これは佐野さんの〈ロックンロール・マジック〉だ!」
これは佐野さんの素敵な魅力であり、ロック・アーティストとしてそのアティテュードを20年間最良に輝かせているという事実は一つの奇跡とも言える。
その良い例が〈君がいない〉という悲しみや寂しさが唄われている「ジュジュ」の再ミックス・ヴァージョンに顕著に表れている。オリジナル・ヴァージョンにはなかったオルガンの奏でる優しさ、少しズレた感もあるコーラスでの微笑ましいハーモニー、そしてエンディング近くで軽やかに唄われている「だらんらんらん♪」といったアディショナル・ヴォーカルが《ジュジュに逢えるかもしれない》という一種の希望を感じさせてくれるように響いている。佐野さんは〈幸せな唄を聴かせて〉くれるインターナショナル・ホーボー・キングとして僕たちに勇気や希望を与えてくれるんだ、いつだって。

パーソナルな曲たちが並べられて披露されたその最後にこのアルバムのテーゼが訪れる。『GRASS』アルバムのラスト・トラックには、佐野さんのワイルドハーツが再び澄み切った空に舞い上がるかのような未来への意志が隠されている、と僕は信じている。君はこの〈サムシング・ニュー・スピリッツ〉に気づいただろうか?
〈モリスン〉は今、再び目を覚ましたのだ。「モリスンは朝、空港で」には夢を見ていたような過去への訣別を暗に示唆している可能性が秘められている。
〈Here comes the brand new morning/Here comes the brand new day〉
「僕の次のブランニュー・デイがやってくる」という佐野さんのアティテュードが感じられるこのフレーズによって、僕はニュー・サノ・モトハルを期待せずにはいられなくなってしまう。そしてこの曲における佐野さんの快活なシャウトと再ミックスで鮮明になりドキッとさせられる〈オハヨウ♪〉という言葉は、「再び目覚めたぜ!」という佐野さんからファンへの宣言だと受け取れる。
そして力強いライヴ・テイクを使用した「サンチャイルドは僕の友達」における〈サンチャイルド〉が僕たちファンを意味している、と考えると佐野さんは僕たちファンのことを《友達》として〈ハロー、サンチャイルド〉と再び逢うことを約束しているのである。
このラスト・トラックで佐野元春は高らかに未来への宣言をしているんだ。
僕たちは彼のその崇高な宣言を決して見逃してはいけない。

***********

『GRASS』アルバムの佇まいはとても興味深い。
《GRASSに包まれた佐野元春のネイキッド・ソウル》と言うべきか。

まずジョン・レノンの実質的なファースト・ソロ・アルバム『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』でジョンが自分自身の内面を赤裸々にさらけ出した状況とリンクするような感じを抱かせる。ジョンは栄光と苦しみの両面を味わったザ・ビートルズからの脱却の宣言、佐野さんは一(いち)アーティストとして個の表現における可能性の再確認−20年間のソングライティング手法のアナザー・サイド的な作品の再提示による整理。そういった違いはあるにせよ、自分自身の心に正直に向き合い、「過去への訣別」と「未来への前進」の意志を込めている点に僕は同じアティテュードを感じる。
そして、佐野元春の唄う「アイ・ウィル("I Will")」(ザ・ビートルズ)が僕には聴こえる。とびきりの笑顔で佐野さんが僕たちの側で唄っている、そんな錯覚を覚えるかのように。それも、ポール・マッカートニーが軽やかに唄っている穏やかさや優しさに、佐野さんは〈強い意志"Will"〉を込めて唄っている。そう、確かに僕の心にはまっすぐにそして清らかにそう響いてくるんだ。佐野さんの心に棲みついているジョン・レノンとポール・マッカートニーのスピリッツがどうやら素敵に姿を現してきたようだ。

***********

本当に価値のある大切な佐野さんのパーソナルな一面が肩を寄せて並んでいる『GRASS』アルバムが僕たちの心に刻まれるために産み落とされた。コンピレイション・アルバムであるけれども、その域を超えてひとつのコンセプト・アルバムとして見事に完成している。そうやって練り上げた『GRASS』アルバムには「このアルバムを永く愛してほしい」という佐野さんの願いが静かではあるがしっかりと込められている。
結果、『GRASS』アルバムは佐野さんの素直な感情、つまり彼の《魂(ソウル)》がダイレクトに伝わってくる作品に仕上がっている。本来の「グラス−草・緑」という言葉が持つエヴァーグリーン、つまり永遠/普遍性を『GRASS』アルバムの曲たちから感じてしまう。またそれ以上に《佐野元春のソウル−とびっきりのイノセンス》における清らかさのエヴァーグリーン性を雄弁に物語っているように思えるんだな。
だからこそ収録された曲たちを聴くと、ロック・アーティストであるけれども「ひとりの人間」としての佐野元春を近しく感じてしまう人は多いのではないだろうか。『GRASS』アルバムが僕たちのハートを捉えて放さない重要なファクターはきっとここにあるに違いない。
このアルバムは何か、僕たちにとってきっととびきり特別なものになる素敵な予感がする。うん、僕にはそんな気がするんだな。

「ぼくたちは近づいたんだ−−佐野元春の《個》と《生(せい)》に」

そして、僕たちはきっと再び出逢うことになるだろう。そう、まもなく眩い光を携えて羽ばたく《ニュー・サノ・モトハル》に!
僕たちはその美しく描かれるであろう新たな軌道をハッピーに見つめることにしようじゃないか。


《補足》曲目解説[13の輝やいているイノセンスたち〜収録曲に寄せて]


1.ディズニー・ピープル−Disney People

ロック・アーティスト佐野元春が「ディズニー・ピープル」というイカした車に乗って現れた。そんな印象を受けるごきげんなロックンロール・チューン。"3 Minutes Rock'n Roll" の楽しさでいっぱい。佐野さんからのシークレットなプレゼントに素直に喜んでしまう。〈ジャンボリー(Jumboly)〉とは佐野さんが考えた気ままな造語だろうが、僕は「ワクワクする」と訳したい。ここではアジアの人たちとの繋がりをテーマにしているが、本来は世界がひとつになることを願っている佐野さんのメッセージの一部のように感じ取ってしまうのは僕だけだろうか。

2.君が訪れる日−The Day

雨の日、ひとりぼっちの情景。コンフュージョンするエンディング。ムードは決して明るくなく、ビートリーなサイケデリックの要素が充満しているサウンドであるが、《明日への希望》が描かれている詩がこの曲の価値を高めている。個人的なフェイヴァリット・ナンバー。素晴らしい再ミックスとエディットに嬉しい驚き。エンディングの潔さが曲をさらに引き締めることに成功している。

3.ミスター・アウトサイド−Mr. Outside

タイトなドラムスに代表されるように楽器の音数を減らすことで、逆にビート感が増し、ソリッドな印象を受ける。元々イカしたナンバーであるが、それがより強調された。良い意味での危機感がグッと僕たちに迫ってきて、佐野さんのヴォーカルのヴィヴィッドさが魅力的だ。オリジナル・ヴァージョンを凌駕した代表的な再ミックス。

4.ブッダ−Buddha

未発表曲ではあるが「ハッピーエンド」のイメージを払拭するほどのものではない。シンプル極まりない歌詞とその演奏によってストレートな愛が伝わってくる。後の「イノセント」などに通じる曲だ。あまりにストレートすぎて佐野さんならではの言葉のセンスが感じられないのが僕には少し残念に思える。

5.インターナショナル・ホーボー・キング−International Hobo King

オリジナル・ヴァージョンで感じられたデジタルさが今回の再ミックスによりアナログ感覚に近づき、〈インターナショナル・ホーボー・キング〉が身近に感じられるようになった。優しく〈幸せな唄を聴かせて〉くれるそんな素敵なキングがまるで僕たちのそばにいるようで嬉しくなってしまう。ザ・ハートランドの解散を経てリ・スタートした時の佐野さんの意志〈空に立って/過去を蹴って〉始める心境と似たような感慨を持って今回収録されたと捉えることもできるナンバーだ。

6.君を失いそうさ−I'm Losing You

まずイントロの佐野さんの生々しいブレスにハッとさせられる。〈君を失いそう〉という喪失感に見事にマッチしているアレンジがこのナンバーの幻想的なイメージを醸し出している。まるで佐野さんに直接悩みを打ち明けられているような、そんな印象を与えているのが秀逸。

7.天国に続く芝生の丘−Grass Valley To Heaven

オリジナル・ヴァージョンとの差が比較的あまり感じられないナンバーであるが、何かまろやかさが加わった印象を受ける。〈あどけなく踊る君〉や結婚式の情景が目の前に鮮やかにヴィジュアライズされる歌詞であるが、佐野さんの死生観が織り込まれていることを忘れてはならない重要なナンバー。

8.風の中の友達−Friend

若干シンプルに再ミックスされたアレンジにより、佐野さんの友達への祈りや優しさがうまく伝わってくる。ハートランドのメンバーによるバッキング・コーラスは優し気であるが、僕にはあまり魅力を感じられない。しかしショート・エディットによる効果は成功している。

9.欲望−Desire

アルバム『ザ・サークル』での「欲望」は僕にはヘヴィだった。この曲はとても深みのある佐野元春のソングライティングのひとつの到達点にあるもの、と言うことができるが、単調なメロディが延々と繰り返されることに僕はちょっとした居心地の悪さを感じていた。ところが今回の再ミックスでうまくこの曲のエッセンスを抜き出し、大仰過ぎたアレンジをシンプルにすることで、よりこの曲の持つメッセージが伝わるようになった。佐野さんのヴォーカルも輝きをさらに増し、途中で聴かれる印象的なアクースティック・ギターのまろやかに奏でるフレーズがこの曲をより豊かに響かせている。「ジュジュ」と並んで、『GRASS』アルバムにおける個人的なベスト・トラック。

10.ジュジュ−Juju

〈君がいない〉悲しさや寂しさを唄ったナンバーであるが、今回の再ミックス(アディショナル)によって何か希望を感じる。オリジナル・ヴァージョンにはなかったオルガンの奏でる優しさ、そしてエンディング近くで「だらんらんらん♪」と軽やかに唄われる佐野さんのヴォーカルがこのナンバーを見事にポジティヴな感覚にさせている。ミドル・エイトの部分でアディショナルされた少しズレた佐野さん自身のコーラス・ワークも魅力的。「欲望」と並んで、『GRASS』アルバムにおける個人的なベスト・トラック。

11.石と卵 "love-letter Version" featuring Bonnie Pink−Stones and Eggs

僕はアルバム『ストーンズ・アンド・エッグス』に収録されているこのナンバーが好きではなかった。佐野さんの作品の中でも最も魅力を感じなかったもののひとつである。ところがボニー・ピンクを迎えてデュエット・ソングとなったこのヴァージョンの豊かさはどうだろう。僕は嬉しい驚きを覚えた。オーケストラによる豊かさも見逃せないが、やはりボニー・ピンクの清らかなヴォーカルと佐野さんの熟成した大人のヴォーカルでこのナンバーの完成形を聴いたような気がする。

12.ボヘミアン・グレイブヤード−Bohemian Graveyard

オリジナル・ヴァージョンで聴かれたタイトなドラムスの音が今回の再ミックスではぼやけてしまったのが少し残念。しかし、オリジナル・ヴァージョンでは少々冗長気味だったエンディングを潔くコンパクトにショート・エディットしたことでロックンロールの魅力が増した。

13.モリスンは朝、空港で−Morrison

このナンバーは元々、僕の大のフェイヴァリットのひとつ。今回の再ミックスと比較しても僕はオリジナル・ヴァージョンを支持する。〈朝もやに包まれた〉情景描写はオリジナル・ヴァージョンの方が圧倒的に勝っている、と思うからだ。しかし、このナンバーが『GRASS』アルバムのラストに位置づけられていることには意義を感じるし、僕は肯定的に捉えてしまう。再ミックスによってより際立った「オハヨ♪」からは佐野さんの未来を「期待してね」と受け取ることができるし、「これからまた新しいことを始めるよ」というメッセージが込められていることを考えるとこのナンバーがどうして『GRASS』アルバムのラストに相応しいかは説明するまでもないだろう。

(secret track)

a.モスキート・インタールード−Mosquito Interlude

愛すべき未完の小品。未完成だからこそ生まれる美しさがここにある。ブルーバードの奏でる清らかさは美しい。シンプルだが素敵に響くピアノも魅力的だな。

b.サンチャイルドは僕の友達−Sunchild

フルーツ・ツアーでのリハーサル・ライヴ・テイクを使用している。力強さを感じるそのアレンジによって、佐野さんは僕たちファン(サンチャイルド)に〈ハロー、サンチャイルド〉と呼びかけている。「モリスンは朝、空港で」のシークレット・トラックとして収録されたのにはそういった関連性が感じられる。冒頭のライヴの歓声をわざわざ挿入したのは、僕たちファンとの繋がりを意味しているのではないだろうか。

ここに収められている再ミックスは "The 20th Anniversary Edition - 1st"における再ミックス(99ミックス)とは全く異質のより高いクオリティになっていることが容易に認識できる。《コンセプト・アルバム》を作り上げるために再編集する、という作業によって生じた素晴らしい結果と言えるであろう。
この『GRASS』アルバム、『ノー・ダメージ2』というタイトルであったとしても決して不思議ではない気がする。いや、それこそが本当の真実なのかもしれないな。
僕は、ふとそう思った。

(追記)
個人的には「水の中のグラジオラス」が収録され、全14曲の構成だったら最高にごきげんなんだけれどな、と考えるのは欲張りなのだろうか?


長谷川雅典(はせがわ・まさのり)。34歳、男性。芸術家肌?のB型。 モットーは "To be free♪"−自由にまっすぐに生きること。「僕のイノセンスはちっぽけかもしれないけれど誰にも汚させない!」趣味は音楽、アートそしてスポーツ。美しいものに惹かれる傾向あり。ネット上でのハンドル・ネームは〈ホーランド・ローズ〉と〈ボヘミアン・ブルー〉の二つ。それぞれ役割分担を決め自分で楽しんで使っている。僕のミュージック・ウェブサイト《SeeFarMiles!》が近々公式にオープン予定。URLはまだシークレッツ♪陣内貴美子さんのファン。「いつか会えないかな?」と密かに願っている。メールは hollandrose@mac.comまで。



Copyright Reserved
2001 Masanori HASEGAWA / Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@t-online.de