logo Motoharian Graveyard/川内 周二


正直なところ、佐野元春の20周年は地味だった。『The 20th Anniversary Edition』アルバムでとりあえずファンとレコード会社に義理は果たしたのだろうが、僕としてはオリジナル・アルバムを引っさげてのツアーが希望だったし、2000年発売のニューシングルがないというのもかなり寂しい。そういう点でサザンのファンがうらやましく思えたものだ。でもまぁ『The 20th』という記念のアルバムに関しては一応誰もが納得していたであろう。そしてファンが元春の次のアクションを心待ちにしている中、何故かもうひとつの Anniversary Edition 『G*R*A*S*S』が発表された。そのタイトルの由来はインナースリーブに掲載された「ハートランドからの手紙 #123」で明かされている。短い詩編には深い意味が込められているようで案外そうではないかもしれない。

『庭の土が痩せ細らないように 水撒きをしたいだけだ』

額面通りに受け取れば、過去の曲をアレンジして一枚のアルバムにまとめる時の気持ちをこう喩えたのだろう。おそらく「庭の土」とは元春の情熱のことであり、これらの曲がそれを再確認するために集められたのなら『G*R*A*S*S』はこれから佐野元春がどんな音楽をベースに何を追って行こうとするのかを暗示する重要なアルバムにもなる。ちょっと端正なものばかりが並んでいるかなとも思うが、やっぱりメロディアスなもののほうが多くのファンに好まれているし、元春が改めて練った20周年の記念なのだからこの選曲は素直に喜ぶべきだろう。『The 20th』ではシングル中心とか各アルバムからバランス良くとかの意識が強くあったであろうと想像できるが、今回は後期の曲が中心でなんとなく今の佐野元春を身近に感じたりもする。

そう、『G*R*A*S*S』のお陰で僕としては佐野元春の20周年は少し印象深くなった。『The20th』で果たせなかったものは何か?『G*R*A*S*S』に託されたものは何か?そんなことに想像を巡らせるだけでうれしい気持ちになるアーティストは佐野元春だけだ。ではレビューを後半の4曲だけ。

ボヘミアン・グレイブヤード

ボヘミアンの眠る場所。いつだったか、元春はボストン北部のスモールタウンにあるジャック・ケルアックのお墓を訪ねている。たぶん無宗教な元春だが、ビート詩人の思想にはかなり傾倒していて多くの作品にその影響が見られる。レクイエムと言えば厳かで重々しいのが普通だが、切ない雰囲気を十分に残しながらもコミカルに仕上げたところがいかにも元春らしい。

モリソンは朝、空港で

前トラックのボヘミアン・グレイブヤードと「Gee Bap」つながりである。そんな茶目っ気も見せながら元春はさりげなく最後のこの曲で時間を80年代前半に巻き戻した。まだきっと少し眠たげなモリソンを引きずってフェードアウトしていくこの曲だけが本編唯一の初期の作品。

モスキート・インタールード

時間を巻き戻した上で懐かしいブルーバードが登場。シークレット・トラックの案内役としてまるで召還されるように。

サンチャイルドは僕の友達

曲の前にオーディエンスの喝采が入っているのは「佐野元春の音楽はファンと共にある。」というメッセージが込められているようで、ベタな演出だけどなんだかグッときた。音程の外し方もストリングスの壮大なイメージも「ボヘミアン・グレイブヤード」からここまでの流れも、元春のファンへの熱い気持ちが伝わって来る。

以上、ほんの一部ではあるけど僕なりの『G*R*A*S*S』の謎解きである。最後にひとつだけ気になっている事を。それは『THE BARN』からの曲がひとつも無いということだ。『THE BARN』はウッドストック世代ではない僕にとって非常にしっくりこないアルバムなのだが、リリース後に出された元春自身からの数多くのエクスキューズがこの作品に対する印象を益々複雑なものにしてしまった。もちろん今回はたまたまコンセプトに合う作品が『THE BARN』の中には無かったということだろうが、もし無意識のうちにとか敢えて最初から外されていたというのであれば僕にとってはそれが『G*R*A*S*S』最大の謎であり興味のそそられる点だ。


川内 周二(かわうち・しゅうじ) 33歳。佐野元春はアルバム『VISITORS』でファンになる。現在『佐野元春 歌詞中 用語辞典』という非公式サイトを公開中で投稿記事を常時募集している。このサイトのデザインが赤を基調としているのはSilverboy氏の『佐野元春マニア』の青に対抗したものだということはあまり知られていない。最近よく聴くアーティストは LOVE PSYCHEDELICO。好物は三度豆のてんぷらとざるそば。メールはqawauchi@cam.hi-ho.ne.jpまで。



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