logo 「G*R*A*S*S」の謎解き/渡辺 太朗


ライナーノーツである。困ったことに、僕はライナーノーツというものを書いたことがない。持っているアルバムもほとんどが輸入盤で、ライナーノーツが付いていないので、あまり読んだこともない。そういうわけで、僕にはまっとうなライナーノーツなど書けそうにもないので、僕なりにこのアルバムの謎解きをしてみて、“ライナーノーツもどき”を書いてみようと思います。

アルバム「G*R*A*S*S」は、佐野元春デビュー20周年アニバーサリーの一環としてリリースされた、コンピレーション・アルバムである。そんなことは敢えて言わなくても、とも思うが、20年というのは大変な年月だ。「アンジェリーナ」とともに生まれた子供はハタチになって、成人式を迎えている。歩くこともできず、言葉もしゃべれなかった赤ちゃんが、誰に咎められることもなく酒を飲み、タバコを吸い、選挙に出かけているのである。12歳の少年だった僕も、33歳。「おにいさん」と言うにはちょっと無理のある年齢だ。
その20年というとてつもないキャリアをまとめるプロジェクトとして、「20th Anniversary Edition」「Spoken Words」とともに、この「G*R*A*S*S」は存在している。この3つのコンピレーション・アルバムは、いずれも佐野元春自身によって再ミックス/編集がなされ、単なる「過去の楽曲の寄せ集め」では決してなく、それぞれが独立した素晴らしいアルバムに仕上がっているのは、もはや言うまでもない。ただ、20周年のこの年に、なぜ彼は3作ものコンピレーションを発表したのか?いよいよ「謎解き」の始まりである。
非常に言いにくいことだが、佐野元春というアーティストは、一般的には「過去の人」である。トップテン・ヒットは数えるほどしかない。ファン以外の人にとっては、「あ、サムデイの人ね。」くらいのものだろうと思う、きっと。ところが、ファンにとっては、とてつもないカリスマである。これほどまでにファン・非ファンの間で「温度差」のあるアーティストは日本では他に類を見ないと言って良いだろう。
穿った見方をすると、エピックには「佐野元春20周年特別予算」なるものがあって、ある程度の金額が用意されていたとする(あくまでもこれは想像です)。このお金を誰のために使うのか、佐野元春は考えた。見ず知らずの人?いや、彼はこれまでの自分のキャリアを支えて来たファンのために使うべきだと考えたのだろう。3つのアルバムとeTHISサイトという20周年のプロジェクトは、まさに佐野元春からファンへのプレゼントなのだ。そして、その中でも「G*R*A*S*S」は、彼自身のため、という意味合いも含めたプレゼントなのだと思う(そうじゃなかったら、シングルカットもしていない曲ばかり集めたコンピレーションをわざわざクリスマスにリリースしませんよね)。

前置きが長くなりましたが、やっと本題に入ります。まずは、事実関係の整理から。
(1)「G*R*A*S*S」の収録曲を見てみると、アルバム「ストーンズ&エッグス」から2曲、「フルーツ」から2曲、「スイート16」から2曲、「ザ・サークル」から1曲、「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」から1曲、「サムデイ」から1曲、あとはオリジナルアルバム収録曲以外からの選曲となっている。
(2)作曲年代では、「モリスンは朝、空港で」と「サンチャイルドは僕の友達」以外はすべてキャリアの中〜後期、いわゆる「VISITORS以降」である80年代後半以降の曲である。
(3)佐野はあるインタビューの中で「このアルバムの主人公はどれも同じで、それは自分に似ている」と発言している。収録曲中で主人公に名前がついているのは「モリスン」だけであり、つまり、「モリスン≒佐野元春」である。
(4)このアルバムのタイトルは、はじめ「草男(=GRASS MAN)」であった。つまり「G*R*A*S*S=GRASS MAN=草男=モリスン≒佐野元春」である。
(5)最後に収録されている2曲はいずれもいわゆるシークレット・トラックとなっていて、アルバムのリストには「モリスンは朝、空港で」が7分27秒となっている。「モスキート・インタールード」と「サンチャイルドは僕の友達」は、このアルバムを手にした人だけが共有する<秘密>なのだ。オリジナル「サンチャイルド」の最後には佐野の切実な決意を表現した、あの「一発のバスドラキック」があることも見逃せない。
(6)歌詞の中に「君」が出てこないのは「ディズニー・ピープル」「モリスン」の2曲だけで、残りの曲にはすべて二人称の「君」が登場する。文脈から判断すると、それぞれの「君」は別の人物を想定しているようだ。

こうして見ると、どうも「モリスン」と「サンチャイルド」は特別な曲という感じがする。怪しい。やはりこのアルバムの謎を解くカギはここにありそうである。

上に列挙した事実を念頭にこのアルバムを聴くと、主人公(=モリスン≒佐野元春)の人生における紆余曲折、というストーリーが浮かび上がる。ディズニー・ピープルに美しい花を飾るモリスン、パレードをながめているモリスン、「後戻りはできない、連れて行っておくれ」と嘆願するモリスン、いつもそばにいると約束するモリスン、よそ者みたいな気分で街を歩き続けるモリスン、凶暴になったり従順になったりするモリスン、天国に続く芝生の丘を見てるモリスン、雨の日に遠くから友達を呼ぶモリスン、グッドラックよりもショットガンが欲しいと叫ぶモリスン... そして、11月のエアポートにたたずむモリスン。ここでモリスンはまたスタートラインに戻っているのだ。そう、この物語は、佐野が20年に及ぶキャリアを通じて獲得した概念「イノセンスの循環」である。
また、「モリスンは朝、空港で」は、佐野がNYに発つ直前に発表された曲である。ファンの間でも賛否両論、世間の「佐野元春=変わり者アーティスト」という評価を決定づけた問題作「VISITORS」の直前である。さらに、このアルバムの本当の最後に収録されている「サンチャイルド」は「VISITORS」の前のアルバム「サムデイ」の最後の曲である。
ここに、佐野の再度の決意が読みとれる。それは20年のキャリアを総括した後、なおも次に進もうとする意志である。佐野の20周年の終わりは同時に20世紀の終わりでもあり、21年目のスタートは21世紀という新しい時代のスタートなのだ。佐野は、またも誰もが驚くような新たな地平を開拓しようとしている。それがどういうものになるのかは現時点では判らないが、「VISITORSマニア」の僕には、もうそうとしか思えませんし、そうであって欲しいのです。

誰が、負けるためにゲームに臨むものか。(「ハートランドからの手紙#129」より)

20年もの間、常に先駆者という十字架を自ら背負いながら、佐野は今日もミュージックシーンという庭に水を撒いている。土が痩せ細らないように。大事に撒いた種、そして、G*R*A*S*Sと草男のために。


渡辺 太朗(わたなべ・たろう) 33歳。東京都文京区在住。双子座。かつてのハンドルネームは"subterranean"。1995年の終わり頃、WEBにおけることば+デザイン表現の場として「mood.」を開始。2000年10月、佐野元春とのコラボレーションによる「 Spoken Words」のウェブサイト制作をきっかけにフリーランスとなり、現在に至る。メールはmood@jp.orgまで。




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