logo 第2回殿堂入りアルバム


OUR FAVOURITE SHOP The Style Council (1985)

会社に入ったばかりの頃、僕は流行のDCブランド系のダブダブのスーツを好んで着ていた。幸い僕の職場ではそうしたことに目くじらを立てる上司はいなかったのでそれは何となくアクセプトされていたが、今になって思うとあの頃の僕は本当に掛け値なしのバカだった。大した仕事もできないぺーぺーの茶坊主がDCブランドとは笑わせる。どんなに高くてお洒落なスーツを着ていても肝心の仕事ができなければそれは滑稽なだけだ。当時の僕にはそのスーツはきっと似合っていなかったに違いない。

そのことに気がついたのは、ヨーロッパに転勤して、シティで働く敏腕の金融マンたちがみんなきちんとした仕立てのトラディショナルなダーク・スーツを着ているのを目の当たりにしてからだ。ここではだれもダブダブのDCスーツなんか着ていない。彼らには彼らの確固たるスタイルがあり、そしてそれは収益という具体的な実質に裏づけられることでどんな最先端のモードよりクールでカッコよく映る。スタイルとはどういうものか、スタイルにこだわるとはどういうことか、僕はそれを学んだ。

ザ・ジャムでビート・バンドとして考えられる限りの成功を手にしたポール・ウェラーが、そのバンドを終わらせて始めたグループの名前は「スタイル評議会」だった。ザ・ジャムでこの上のない実質をたたきつけたポール・ウェラーは、その実質に見合うスタイルを手に入れるための旅に出たのだ。「僕たちのお気に入りのお店」。そのまま「POPEYE」か何かの特集タイトルになりそうなこのアルバムの「スタイル評議会」ぶりは腰が抜けるほどクールでカッコいい。さあ、そろそろスタイルの話をしようぜ。
 

 
CAMERA TALK The Flipper's Guitar (1990)

このアルバムで彼らがやったことは、彼ら自身の言葉を借りるまでもなく「墓暴き」に過ぎなかった。彼らが暴いた古い墓とは日本でほとんど省みられることのなかった80年代前半から中盤までのネオアコ、ギターポップの残骸であり、実際のところは方向性も水準もバラバラで玉石混淆だったそれらの音楽を整理し、一つのカタログとして総括したのがこのアルバムだと言うことができるだろう。名付けによって人は生まれるのだとすれば、ネオアコはフリッパーズによって生まれたのである。

だがこのアルバムをそうした歴史的側面からだけ評価するのはまったくの片手落ちだ。なぜなら彼らはそうしたやり方でしか同定することのできなかった彼らの愛情をそこに封印したからだ。何も新しく始まらない時代としての80年代の終わり、90年代の初めにあって、彼らは彼らの宝物を消費し、蕩尽することによってだけその愛情の深さを確認することができたのだし、そのアナーキーな闘争によってこそそのカタログ的美意識はそれ自体独立した純粋概念としてこのアルバムに結晶したのだ。

彼らには、最終的にはシステムに回収されざるを得ないそうした闘争を、追いつかれる前に逃げ切ってしまうだけの猛烈なスピードと的確な方向感覚があり、彼らが特殊な存在であり得る所以はそこにあったと言えよう。それは結局「少しずつ死んで行く」ことの自覚と引き替えに訪れる新しい季節の始まりでもあった。「手に触れてすぐ崩れて消えてゆく」自らの限られた時間に絶え間なく名前をつけ続けることで彼らは生き延びようとした。「アナーキーな青春のロマンチシズム」として。
 

 
A WIZARD, A TRUE STAR Todd Rundgren (1973)

一般にトッド・ラングレンといえば「I Saw The Light」や「Hello It's Me」などのポップ・ソングで知られるが、彼のディスコグラフィを丹念に追いかけるにはかなりの修練が必要だ。得体の知れない実験や退屈なプログレ組曲、謎のインストに我慢してつきあううち、それらの合間にごほうびのように用意された分かりやすいポップ・ソングが見つかるしかけになのだが、その頃にはもはやトッド・ラングレンの本質はそのアンチ・ポップにこそありという気分になっているのである。

そんなトッド・ラングレンのアンチ・ポップのプロトタイプがこのアルバムだ。僕が初めて聴いたトッド・ラングレンのアルバムがこれだったのだが、最初は何が何だか分からなかった。洪水のように流れ出す「歌」や「音」のかけら。それはもはや「曲」とは呼べないカオスであり、確実にドラッグの影響下にあるだろうと思われるサイケデリックなトリップだ。サンプリング・マシンのない時代に単音シンセとテープ編集だけでこれだけのものを作ったのはほとんど奇跡と言っていい。

だが、聴くべきなのはそのカオスの中に確実に刻印されているトッド・ラングレンの音楽的背景であり音楽的素養である。ドラッグでぶっ飛んだときに彼の頭の中で鳴り響いていたのはクルト・ワイルでありディズニー映画のサントラでありフィラデルフィア・ソウルだったのだろう。カオスの中に一瞬だけ顔を出してはすぐに消えてゆくそんな彼の「記憶」を僕たちは聴いているのだし、重要なのはそれが簡単には忘れられない悪夢のような何よりも美しいカオスであるということなのだ。
 



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