logo 第1回殿堂入りアルバム


HIGH LAND, HARD RAIN Aztec Camera (1982)

冷たい冬の空気の中では何もかもがくっきりとしている。自分自身の輪郭がはっきりと自分でなぞれるくらいに。一点の曇りもなく、妥協もインチキもない潔さが僕たちの眠りこんだ意識をたたき起こしてくれる。例えば中学生の頃、そのような潔さに僕たちは憧れた。世界のすべてがそのように美しく、冷酷に、くっきりと割り切れたらどんなにいいだろうと僕たちは思った。初冬の冷たい空気はそんな取り返しのつかないくらい透き通った僕たちの憧れの記憶に似ているのだ。

このアルバムでロディ・フレームが歌っているのはそんな憧れのことだ。もちろんそれは憧れであると同時にそのような憧れを許さない曖昧な世界への焼けつくような憎悪でもある。いや、僕たちを動かしているのはむしろそのような憎悪の方なのかもしれない。この、遠くまで見通せる澄み切った冬の空気のような美しいアルバムの根底にあるのは、決して僕たちが手にすることのできなかった潔さのために、決して果たされなかった憧れのために流された僕たちの涙なのだ。

そのような憧れをあまりにもくっきりと写し取ったこのアルバムが、それゆえロディ・フレームにとって重すぎる十字架となったのもまた無理からぬことであった。アズテック・カメラという名前はこれ以後長い間彼を縛り続けることになる。だがそれは何も特別なことではなく、おそらく僕たちはそのようにしてしか大人になることができないというだけのことなのだろう。このアルバムを聴くたび今でも僕の心は震える。そして、一切の妥協を拒絶していた頃のことを思うのだ。
 

 
BLOOD & CHOCOLATE Elvis Costello (1986)

時折僕は、自分の顔がどれだけずるくなってしまったか鏡をのぞきこむことがある。もちろんそこにあるのは見慣れた僕自身の顔だ。自分のストレートな欲望とか気持ちに、「それはそうとして」とか「そうは言っても」とか、そんな留保をつけることばかり学んできた、36歳の男の顔だ。「とりあえず」重ねた日々がいつの間にか36年だ。もちろんそのおかげで僕はそれなりにまともな生活を手に入れた。夢は見続けている。捨てた訳じゃない、ただ、「取りあえず保留している」だけだ。

このアルバムはそんな僕をあざ笑う。ここでコステロは信じられないくらい「むき出し」だ。コステロの声はスピーカーのすぐ後ろから聞こえてくる。息づかいのひとつひとつまでがリアルだ。僕たちは手を止めてコステロと向かい合うことを余儀なくされる。このアルバムを作ったとき、コステロは32歳だった。そしていつの間にかほどよくプロデュースされたシンガーソングライターみたいなアルバムを作っている自分に気づいた。悪くはなかったがその道は行き止まりだった。

だからコステロは自分で自分のキャリアをブチ壊すしかなかった。メジャー・レーベルを離れ、インディーズからリリースされた本作で、コステロはロックンロールを再び自らの手に取り戻そうとしている。よくできたロックンロールなんてものがただの語義矛盾に過ぎないことをコステロは知っていた。最小限の楽器と自分の「声」だけでどこまで行けるか、コステロは生き延びるためにそれを確かめる強い必要があったのだ。もう何も保留しない、それがこのアルバムのテーマだ。
 

 
LOVELESS My Bloody Valentine (1991)

壊れたテレビのように延々と吹き荒れるサンドストームがいつの間にかメロディを奏でているとしたら。その向こうからかすかに聞こえてくる金属音が実は性急なビートを刻んでいるとしたら。地鳴りのような低音が知らない間にメロディの動きと呼応して共鳴しているのだとしたら。そしてそれらが今まで一度も聞いたことのない甘美で圧倒的なロックを形作っているのだとしたら。それはきっと僕たちが死んだ後、天国の入口で天使たちが歌っている歌のように聞こえるのかもしれない。

生物の進化は無目的なものだが、このアルバムは確実にロックの進化であり、既存の「同じ歌」へのテロリズムであり、そしてリリースから10年以上たった今でも間違いなく前衛である。現実にはあり得ない白日夢を見ているような陶酔感と、それにもかかわらず何かとんでもないことが今ここで起こりつつあるという覚醒感。眠くて眠くて死にそうなのに眠ろうと焦れば焦るほど目が冴えてくる、受験の前日のようなアンビバレンス。それは僕たちが音楽を聴くときの「前提」を撃つ銃だ。

進化は時として暴力的なものであり、残酷なものだ。それは安穏とした古い夢を容赦なく置き去りにして行く。このアルバム以後、ロックという概念は拡張され、マイ・ブラディ・バレンタインという名前はひとつの新しいスタンダードになった。この世界に奇跡というものがあるかと問われれば僕は迷わずイエスと答えるだろう。そしてその答えはここにある。進化は無目的で、暴力的で、残酷なものだが、それゆえ美しい。このアルバムに置き去りにされないためにはもう一度聴くしかないだろう。
 



Copyright Reserved
2002 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com