壊れたテレビのように延々と吹き荒れるサンドストームがいつの間にかメロディを奏でているとしたら。その向こうからかすかに聞こえてくる金属音が実は性急なビートを刻んでいるとしたら。地鳴りのような低音が知らない間にメロディの動きと呼応して共鳴しているのだとしたら。そしてそれらが今まで一度も聞いたことのない甘美で圧倒的なロックを形作っているのだとしたら。それはきっと僕たちが死んだ後、天国の入口で天使たちが歌っている歌のように聞こえるのかもしれない。
生物の進化は無目的なものだが、このアルバムは確実にロックの進化であり、既存の「同じ歌」へのテロリズムであり、そしてリリースから10年以上たった今でも間違いなく前衛である。現実にはあり得ない白日夢を見ているような陶酔感と、それにもかかわらず何かとんでもないことが今ここで起こりつつあるという覚醒感。眠くて眠くて死にそうなのに眠ろうと焦れば焦るほど目が冴えてくる、受験の前日のようなアンビバレンス。それは僕たちが音楽を聴くときの「前提」を撃つ銃だ。
進化は時として暴力的なものであり、残酷なものだ。それは安穏とした古い夢を容赦なく置き去りにして行く。このアルバム以後、ロックという概念は拡張され、マイ・ブラディ・バレンタインという名前はひとつの新しいスタンダードになった。この世界に奇跡というものがあるかと問われれば僕は迷わずイエスと答えるだろう。そしてその答えはここにある。進化は無目的で、暴力的で、残酷なものだが、それゆえ美しい。このアルバムに置き去りにされないためにはもう一度聴くしかないだろう。
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