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僕が初めてゴメス・ザ・ヒットマンをきちんと聴いたのは2003年の夏だったと思う。新宿のタワレコで発売されたばかりのアルバム「omni」がPOP展開されていて、連れが「これ聴いてみて」と試聴を勧めてくれたのだ。そのとき選んでくれた曲が『Carolina』。今思えば導入としてツボを押さえた選曲だった。アルバムを買って帰った。

そのような訳なので、ここでレビューする作品のほとんどは後追いで聴いたものである。特にBMGファンハウス時代の音源は、今回ディスコグラフィをレビューするにあたって初めてきちんと聴き返したと言ってもいいくらいだ。その意味で、これからゴメス・ザ・ヒットマンの過去音源を初めて聴こうとする人に寄り添い、一緒に古いアルバムを聴き進めて行くようなレビューにしたいと思う。

ゴメス・ザ・ヒットマンの音源は、2016年2月現在、CDとしては入手が困難だが、幸いなことにiTunes Storeなどのオンライン・サービスで購入できるし、Apple Musicなどの定額音楽配信サービスでも聴くことができる。山田自身も「レアな中古盤に法外なカネを払うのではなくこうしたサービスを利用して欲しい」とコメントしている。新しく彼らの音楽を聴いてみたい人はiTunes StoreやApple Musicなどのオンライン・サービスを利用することをお勧めする。(2016.2.13)




in arpeggio
Gomes The Hitman

1997.12.17
Sony Music Direct
iTunes Store mora

■ 僕はネオアコで人生を語る
■ 朝の幸せ
■ レモンひときれ
■ tsubomi
■ オレンジ〜真実
■ 遅れてきた青春
■ 寒い夜だよ
インディペンデントからリリースされた7曲入りのミニ・アルバム。メジャー・デビュー後の2000年にメジャーから再発された。彼らの作品を時系列でたどろうとすれば最初に聴くことになるアルバムで、中でも冒頭に置かれた『僕はネオアコで人生を語る』は彼らのマニフェストとも宣戦布告とも言える初期の代表曲。タイトル通りブルースハープやタンバリンをフィーチャーした騒々しくネオアコ・ナンバーで若き彼らの意気込みが分かる。

というか何よりタイトルが気負い過ぎて微笑ましいが、山田特有の伸びやかでフックの効いたメロディを聴くことができるし、「人生は続くだろう カレンダーのように」という歌詞にも既に山田の世界観が表れており、曲としての完成度は高い。この曲に限らず、ボーカルとコーラスがやや不安定で、パステルズあたりを意識したものかあるいは当時の技術的な限界なのか分からないが、この時期にしか出せない疾走感の方を聴くべきだろう。

『レモンひときれ』や『寒い夜だよ』のデモなどまだ習作として微笑ましく見守るべき作品もあるが、『僕はネオアコで〜』の他にも『朝の幸せ』や『tsubomi』『オレンジ〜真実』などは山田の資質を明らかにするだけの十分な実体を具えている。ゴメス・ザ・ヒットマンのスタート地点、基準点となるアルバムであり、拙い部分も含めて愛すべきファースト・アルバム。「初期作品集」にとどまらずアルバムとして現在でも聴くに堪える。




down the river to the sea
Gome The Hitman

1998.4.12発売
Sony Music Direct
iTunes Store mora

■ intro
■ Believe in Magic in Summertime?
■ 平和なるサバ―ビア
■ 海があればよかった
■ 寒い夜だよ
■ 真夏のスキャット
■ センチメンタル・ジャーニー
■ 会えないかな
■ 溶けて死ぬのさ
■ coffee
これももとはインディペンデントからのリリースで後にメジャーから再発された。冒頭にオーバーチュアが置かれ、軽妙な弾き語りの小品で終わるなどアルバムとしての構成をより意識した作りになっており、彼らの意気込みを感じる作品。習作の感が強かった前作に比べれば、ひとつひとつの曲のポップ・ソングとしての完成度が上がり粒も揃った。アップテンポのナンバーから、ストリングスを導入したスロー・ソングまで、曲想も多彩だ。

特に『平和なるサバ―ビア』や『溶けて死ぬのさ』は、山田の資質がよく表れた軽快な16ビートのポップ・チューンに仕上がっており、彼らのひとつの原型と考えてもいいだろう。『海があればよかった』『真夏のスキャット』『センチメンタル・ジャーニー』なども工夫の窺えるアレンジで前作からの進歩が窺える。前作ではデモが収められていた『寒い夜だよ』は、曲想はそのままだがアレンジは整理されミニマルなフォークに仕上がった。

もちろん、気負いの勝つ部分、自意識が過剰な部分、技術的に拙い部分などは散見されるし、前作同様、山田のボーカルが不安定で、その意味でのアマチュア臭さは払拭しきれない。そういう「洗練」以前の作品であることは割り引いて聴かなければならないが、仮に今、山田がギター1本で歌えば普通に今の「歌」として流通するだけの、明快な骨格を具えた曲ばかりなのは間違いない。若きゴメス・ザ・ヒットマンを知るための貴重な作品。




neon, strobe and flashlight
Gomes The Hitman

1999.1.21
Sony Music Direct
iTunes Store mora

■ overture
■ ストロボ
■ 夕暮れ田舎町
■ アップダイク追記
■ 新しい季節
■ interlude
■ tsubomi
メジャーからのデビュー作となる、実質5曲入りのミニ・アルバム。タイトル曲であり冒頭に置かれた『ストロボ』の鮮烈なポップさがまず印象的。インディペンデント作品に比べれば格段にしっかりとしたプロダクションで、ブラスがフィーチャーされるなどアレンジも曲想に合わせてしっかり作りこまれている。デビューにふさわしい陽性のバイブレーションがはっきり感じられ、バンドとメーカーの意気込みが率直に伝わってくる作品だ。

カップリングの『夕暮れ田舎町』『アップダイク追記』は僕が山田の特徴だと思っている16ビートのグルーヴィなグッド・ソング。内省的、抒情的でありながら情緒に逃げず、個的な領域に大事なものをそっと沈潜させる山田のソング・ライティングの手法が明確に表れている。それは『新しい季節』でも同様で、三連のロッカバラードに仕上げられたこの曲もまた山田のブルース的資質の一端を早くも感じさせ、アルバムに深みを与えている。

『tsubomi』は「in arpeggio」収録曲の新録。アレンジはほぼ踏襲されているが完成度は確実に高い。全体に山田のボーカルがまだ生硬で、表現力に限界があるのはしかたがないが、オーバーチュア、インタールードを配して全体の流れにも気を配り、何よりひとつひとつの曲が既にしっかりと完成していて、コンパクトながら鮮烈なファースト・アルバムだ。続いてリリースされたシングル『雨の夜と月の光』収録の3曲も合わせて聴きたい。




雨の夜と月の光 - rain song ep
Gomes The Hitman

1999.4.21

■ 雨の夜と月の光
■ スティーヴン・ダフィー的スクラップブック
■ down the river to the sea
堀越のハネたピアノのストロークが、ここから何かが始まる予感をすごく的確にヒットしてくるシングル。明るく印象的なポップ・ソングだが、タメの効いたリズムは山田のソングライティングの特徴を既に十分具えている。アルバムへの助走として、バンドが「離陸決心速度」を越えて、地面を蹴るばかりになったことを示すマイルストーン。カップリングは内省的な一面が窺えるフォーク・タッチの曲。バランスの取れたいいシングル盤だ。




weekend
Gomes The Hitman

1999.6.5
Sony Music Direct
iTunes Store mora

■ 光と水の関係
■ 長期休暇の夜
■ ストロボ
■ 何もない人
■ 猫のいた暮らし
■ ready for lab
■ お別れの手紙
■ train song
■ 雨の夜と月の光
■ ready for love
■ 週末の太陽
メジャー・デビューして初めてのフル・アルバム。先行発売された2枚のシングル『ストロボ』『雨の夜と月の光』を収録。インスト『ready for lab』を幕間として中央に置き、組曲的な流れの『お別れの手紙』(ボーカルは堀越和子)と『train song』や、終盤に置かれインストのモチーフを繰り返す『ready for love』など、アルバムとしての流れを意識した構成になっている。全体に明るいトーンのポップな仕上がりで色彩豊かな作品。

冒頭の『光と水の関係』や『ストロボ』はアップテンポの8ビートで、アルバムのスピード感を担保している。しかし、このアルバムで耳を傾けたいのは、『長期休暇の夜』『猫のいた暮らし』『雨の夜と月の光』『ready for love』といったアップテンポなポップ・ソングが、ハネたベース・ラインがドライブする細かい16ビートに牽引されていること。山田のソング・ライティングにブルース的なモメントが潜在していることがよく分かる。

ミドル・テンポで内省的な『何もない人』や『train song』、小品『お別れの手紙』にもそれは顕著だ。ひとつひとつ丁寧に選ばれた言葉は日常の情感にきちんと寄り添っていて、それ故聴く者にくっきりした情景を喚起して行く。珍奇な言葉を並べるのでなく、何気ない言葉の精度を高めることで獲得した文学性もまた山田には不可欠なもの。アーバン・ブルースの担い手としての山田稔明の存在を明確に示したという意味で重要なアルバム。




new atlas ep
Gomes The Hitman

1999.11.21

■ 僕たちのニューアトラス
■ 街をゆく
■ 北風ロック
■ 夜に静かな独り言
前作「weekend」を短編集だとすれば次作は長辺小説だというコンセプトで制作された「まちづくり三部作」の幕開けとなるEP。「新しい地図」を広げながら架空の街で始まる架空の一日を待つ。鮮やかなオープニング・チューンのポップなきらめき、『街をゆく』のティンパニが響かせる劇的な予感、ラストにはポエトリー・リーディングのシークレット・トラック『深夜便』が収められている。表現することの喜びがあふれ出す秀逸な一枚。




cobblestone
Gomes The Hitman

2000.4.21
Sony Music Direct
iTunes Store mora

■ 自転車で追い越した季節
■ 言葉は嘘つき
■ 北風オーケストラ
■ springtime scat
■ 春のスケッチ
■ 思うことはいつも
■ 7th avenue
■ nighty-night
■ 太陽オーケストラ
■ シネマ
■ keep on rockin'
■ プロポーズ大作戦
■ 6 bars interlude
■ 午後の窓から
■ epilogue
前後に発表された『new atlas ep』と『maybe someday ep』を合わせた「街づくり三部作」の本編となるフル・アルバム。プロデュースに杉真理、斉藤誠を迎えた。ひとつの舞台で展開する物語を追ったコンセプト・アルバムだが、そのような背景を知らなくても純粋に楽しめるポップ・アルバムであることは間違いない。『自転車で追い越した季節』の細やかで丁寧なギターの調べに耳を澄ました瞬間から、架空の街での物語が始まって行く。

『言葉は嘘つき』や『7th avenue』など、アレンジが大仰に流れオーバー・プロデュース気味になった曲もあるし、幕間的なインストを多用するなどやや芝居がかった部分もないではないが、どこかの街で始まり終わって行く静かな一日のなだらかな起伏を定点観測するカメラのように、ありふれた言葉をこそ注意深くメロディに乗せて行く山田のソングライティングは目覚ましい進歩を遂げ、華やかな見た目以上の奥行きを作品に与えている。

特に『思うことはいつも』や『午後の窓から』の、孤独を引き受けることを前提とした抒情性とでもいった独特の質感は、ソロも含めたその後の作品の直接の原型となる特徴的なもの。アコースティックな曲がフォークよりはブルースに聞こえるのは、情緒に寄りかかって個の領域を曖昧にすることで連帯するのを決して潔しとしない山田の矜持と関係しているはずだ。代表作であるのは間違いないが、間口の広さより奥行きの深さを聴きたい。




maybe someday ep
Gomes The Hitman

2000.6.7

■ 僕らの暮らし
■ 緑の車
■ maybe someday
三部作のしめくくりにあたる3曲入りのEP。『僕らの暮らし』はゆったりとしたワルツ、『緑の車』は軽快なラテン・ナンバー、『maybe someday』はシャッフルの4ビートで、どれも山田のソングライティングの広がりを感じさせるが、シングル向きのキラー・チューンは見当たらず、少しばかり力の入った長編小説のページを最後にそっと閉じるための楽曲集と位置づけるべきもの。山田自身にとっても「一つの時代の終わり」となった作品。




饒舌スタッカート
Gomes The Hitman

2001.1.24

■ 饒舌スタッカート
■ 拍手手拍子
■ ねじを巻く
力を入れた「まちづくり三部作」が期待したほどのチャート・アクションを残せず、背水の陣で制作したシングルだったが、やはり売れずBMGからの最後のリリースとなった。山田自身も形容する通り躁状態ともいうべき速射砲の如き言葉の連打。ブラス・アレンジも賑々しく詰めこみすぎの感は否めず、焦点が曖昧になったのが残念だが、ジャケットも含めやりたいようにやったシングル。カップリングも合わせてある種の決意表明となった。




mono
Gomes The Hitman

2002.2.17
Quattro Disc
Quattro-045

■ 6PM intro
■ 別れの歌
■ 夜明けまで(情熱スタンダードvol.1)
■ 目に見えないもの
■ 言葉の海に声を沈めて
■ 情熱スタンダード
■ 笑う人
■ 忘れな草
■ 百年の孤独
■ 表通り
前作の後、勝負をかけたシングル『饒舌スタッカート』が想定ほど売れず、BMGとの契約が切れたためインディペンデントからリリースされたアルバム。スピッツを思わせるようなアップ・テンポのポップ・チューン『夜明けまで』はあるものの、アルバム全体のトーンは内省的。アルバム・タイトルは「独り言(モノローグ)」に由来している。ここではすべての答えは保留され、足を止めて小さな息をひとつ吐くようなひそやかさが顕著だ。

特に『目に見えないもの』から『言葉の海に声を沈めて』へのシークエンスは、端的に言って「暗い」と評するしかないくらい、深く自分の中に沈潜して行く自動筆記のような言葉の連なり。このアルバムは山田にとってどうしても必要な自己療養であり、深い眠りの中でだけ得られる意識の深奥との対話だったのかもしれない。しかし、その暗いトンネルを過ぎるとアルバムは少しずつ開かれて行く。山田はそこで確かに何かを希求し始める。

それはおそらく、自分がここにいて細い声で歌っていることの「存在確認」だ。一日の長さを測ることのできる確かな物差しだ。山田はそれを切実に希求しながら自分の内なる世界への旅を続ける。それは本質的に孤独な営みだが、そこにはそれを支える日常という手ごたえがあるはずだ。山田の表現が次のステップに進むために間違いなく必要であった「内省の時代」の作品であり、現在に続く重要なリンクとして何度も聴き返すアルバムだ。




omni
Gomes The Hitman

2003.7.24
Vap
iTunes Store

■ sound of science
■ 愛すべき日々
■ 20世紀の夏の終わり
■ day after day
■ そばにあるすべて
■ california
■ carolina
■ それを運命と受け止められるかな
■ 千年の響き
■ happy ending of the day
僕たちの日常は毎秒過ぎ去り、僕たちは不可逆的に年をとって行く。どのようなものもそのままそこにとどまることはできず、ましてやどこかに戻ることはできない。とどまったように、戻ったように見えても、それはもう一瞬前のそれではないのだから、僕たちの生は瞬間ごとに更新されているのだから。そして、そのような生の瞬間においては、音楽すら必要ではない。言葉すら必要ではない。生において本質的なのは生きることだけだ。

これはそういうアルバムだ。そのような、生の本質に関する省察、本当のところ余裕のない時には音楽すら、言葉すら失われ得るのだという一種の諦念とでも呼ぶべきものを、基準として常に参照しながら、それでも、そのようにすべてがゼロ・リセットされた地平にこそ響くべき音楽や言葉をひとつずつ確かめながら積み上げたアルバムだ。当然のことだが、それは恐ろしく孤独な営みであり、そしてまたこのアルバムも極めて個的なものだ。

流行りの表現で言えばここにあるのはゴメス・ザ・ヒットマン2.0。おそらくは1.5であった前作を経て、徹底して個の認識の奥深くまで降り立ったところから再び見つけた表現は、これまでの作品とは隔絶した覚醒感を強く印象づける。アバンギャルドな『california』、ポップ・チューンの『carolina』も含め、すべては自分が今ここにあって音楽と言葉を手にしていることの奇跡を歌うアーバン・ブルース。ソロへと続く起点となった作品。




夜明けまで
Gomes The Hitman

2004.1.21

■ 夜明けまで
■ 情熱スタンダード
■ 忘れな草
■ 男なら女なら
インディペンデント・レーベルからリリースしたアルバム「mono」が入手困難となっていたことから、同アルバムの収録曲から3曲を新録したうえ、未発表曲1曲を追加してリリースしたEP。結果として「mono」の内省的なトーンに「omni」のポップさを加えてアップデートした、2枚のアルバムを架橋する作品集となった。バンドとしてのダイナミズムと山田の作家性との間で試行錯誤していたこの時期の彼らのスナップショットとして重要だ。




明日は今日と同じ未来
Gomes The Hitman

2004.11.25

■ 明日は今日と同じ未来
■ GOLDEN8
アルバム「ripple」に先立ってリリースされたシングル。カップリングの『GOLDEN8』はテレビドラマ「3年B組金八先生」をイメージしたような卒業モチーフのナンバーでアルバムには未収録。『明日は今日と同じ未来』もアルバムとは異なるミックスで、ギターの音が際立ったこのバージョンの方が曲の良さをストレートに表現できている印象だが、敢えてアルバムには収録しない選択肢もあったかも。派手さはないが率直で好感が持てる。




ripple
Gomes The Hitman

2005.3.16
Vap
iTunes Store

■ 東京午前三時
■ ドライブ
■ 手と手、影と影
■ 星に輪ゴムを
■ RGB
■ bluebird
■ サテライト
■ 夜の科学
■ 明日は今日と同じ未来
■ Death Valley '05(A Sort of Homecoming)
ジャックスカードのCMソングに採用された『手と手、影と影』、シングル『明日は今日と同じ未来』を収録した、前作から2年ぶりのオリジナル・アルバム。CDは9曲入りだったが、iTunes Storeでのリリースに際して『Death Valley '05』が追加収録された。全体としては「mono」「omni」の延長線上にある内省的でアコースティックな作品。バンドのアルバムであるが山田のシンガー・ソングライター的資質がはっきりと表れた作品になった。

ここでも山田が歌うのは日常のなだらかな起伏とその中にある僕たちのささやかな感情の動き。ここにあるのは、タイトルどおり、まるで水面に小石を投げた時に広がる波紋のように、風が起こす穏やかなさざ波のように、注意深く毎日をやり繰りしている者だけが気づくことのできる小さな変化の物語である。山田はそれを丹念に拾い上げて歌うことで、自分が今ここにいることを確かめ、それを肯定する手がかりをそこに見つけようとする。

『明日は〜』の最後に小さな水音がSEとして挿入されているのは、まるで静寂そのもののようなそのひそやかな一瞬に耳をそばだてる営みを示唆するもの。前作よりはかなり地味な作品になった上、『明日は〜』をラストに置いたことでアルバム全体としての輪郭がぼやけた感はあったが、『Death Valley〜』を追加したことでバランスが整った。『サテライト』はポップさと内省の新しい均衡点を示すナンバー。バンドとしての最新アルバム。




SONG LIMBO
Gomes The Hitman

2018.7.25
GOMESTHEHITMAN.COM
GTHC-0013

■ way back home
■ 虹とスニーカー
■ 晴れた日のアスリート
■ 世紀末のコロンブス
■ 晴れ男と雨女
■ 黄昏・夕暮れ・夜明け
■ 恋の見切り発車
■ 桃色の雲
■ churchbell's ringing
■ 北の国から
■ スプリングフェア
■ 山で暮らせば
ライブ会場や通販で売られていたCDR音源を中心に、正式に発表されていなかった曲を新たにレコーディングしたアルバム。「LIMBO」とは「辺土」とも呼ばれ天国と地獄の間にあって、洗礼を受けずに死んだ魂が行き着くとされる薄明の境界領域。ライナーによればここに収められた曲はどれも正式に音源化されず辺土をさまよい続けたもの。拾遺集であり、いずれもバンド活動中の1990年代後半から2000年代前半にかけて書かれた曲である。

そのせいか「omni」や「ripple」のような内省的な文学性やアルバムとしての統一感よりは、個々の曲のコンパクトなポップさが印象に残る仕上がりになっている。だが、そこには若き日の山田の、ありふれた言葉のもうひとつ奥にある、ワンショットで核心をヒットすることのできるような普遍性への眼差しが確かに既に芽吹いている。そしてそれは、シニシズムやニヒリズムとは明らかに異なる、この世界に残された善きものへの信頼だ。

特に『恋の見切り発車』に見られる、未知へと飛び出す決意の清々しさはどうだ。定刻すら待てずに見切り発車するバスになぞらえた、山田の切迫した生への希求はどうだ。「あくまでも我々は」という主語の力強さは、ゴメス・ザ・ヒットマンというバンドの親しみやすく分かりやすい表現の核にある、硬質な決意とか覚悟といったものの表れに他ならない。山田のソロとも異なったポップへの視線が潔く、バンドとしての新作を聴きたい。




00-ism
Gomes The Hitman

2018.7.25
Vap
VPCC-86203
2002年から2005年にかけてリリースされた3枚のオリジナル・アルバム「mono」「omni」「ripple」をまとめたボックス。彼らの音源はストリーミングや配信サービスで聴くことができるが、CDは長く廃盤になっていた上、インディーズからのリリースであった「mono」については配信でも聴くことのできない状態になっていたため、バンド結成25周年を記念してボックス・セットにまとめたもの。音源はリマスター、山田のライナーノーツ付き。

個々のアルバムについてはそれぞれのレビューを参照して欲しいが、こうして改めて通して聴くと、メジャーとの契約が切れ、インディーズで制作した「mono」での試行を経て、「omni」「ripple」で新しい境地を切り拓いて行く彼らの軌跡をはっきりと跡づけることができる。それは、楽天的で軽快なギター・ポップから、内省の時代を経て、等身大の日常に足がかりを見出すバンドとしての魂の遍歴であり、彼らの巡礼の記録に他ならない。

「成長」という言葉でひとくくりにすることのできない、時として行きつ戻りつの困難な旅路であり、いくつもの生きられた生と生きられなかった生の総体であり、非線形で豊かないくつもの歓喜と悔恨の集積がそこにある。僕が彼らの音楽を聴き始めたのはまさにこの時期だった。7曲のアウト・テイクが収録されておりそれぞれに興味深い(『サテライト』のデモがいい)が、仮にそれがなくても彼らの本質を知る上で重要なリリースだ。




SONG LIMBO REMIXES
Gomes The Hitman

2018.8.24
GOMESTHEHITMAN.COM
GTHC-0015

■ way back home(brother mix)
■ 虹とスニーカー(machine mix)
■ 晴れた日のアスリート(fake acoustic mix)
■ 世紀末のコロンブス(BG mix)
■ 黄昏・夕暮れ・夜明け(assassin mix)
■ 東京の空の下から(new recording)
■ 恋の見切り発車(2003vo-mix)
■ 桃色の雲(unused track mix)
■ churchbell's ringing(hand clap mix)
■ 北の国から(simple mix)
■ スプリングフェア(sampling mix)
■ あくび(new recording)
ライブ会場と通販のみでリリースされた、「SONG LIMBO」のリミックス・アルバム。『晴れ男と雨女』『山で暮らせば』に代えて『東京の空の下から』『あくび』の2曲を新録で収録した他、それ以外の曲も原曲に各々リミックスが加えられている。リミキサーはクレジットされていないが、バンド自身と推測される。新録の2曲も他の曲と同様にCDR音源でリリースされていたもので、アウト・トラックスともいうべき音源であり完成度は高い。

ボーカルを2003年初出時のものに差し替えたらしい『恋の見切り発車』や、リズムトラックをダビングしたと見られる『黄昏・夕暮れ・夜明け』、別バージョンと推測される『桃色の雲』、アコースティック・ギターのトラックだけを抜き出してアンプラグドに仕立て直した『晴れた日のアスリート』など「リミックス」というよりは別バージョン集というべき「もう一つの世界線」的な作品集。リラックスして楽しめるアルバムに仕上がった。

リリース形態からも推測される通り、アルバムが完成した後の「遊び」というか「お楽しみ」にもかかわらず、こうしてリリースに値する作品の域に昇華されているのは、何よりひとつひとつの曲がもともとしっかりした骨格を具えているからに他ならない。ライブ会場で手売りされていたCDRにこれだけの曲が収録されていた訳で、それが活動休止を経たバンドの再起動の「手はじめ」になるのは興味深い。『恋の見切り発車』がやはりいい。




lost weekend in the suburbia
Gomes The Hitman

2019.7.13
Ariola
EGDS-85/87
初期の2枚のアルバム「weekend」「cobblestone」に、同時期にリリースされた5枚のシングル(EP)『rain song e.p.』『neon, strobe and flashlight』『new atlas e.p.』『maybe someday e.p.』『饒舌スタッカート』を合わせ、CD3枚組でリリースされた旧譜のコンピレーションで、2018年の「00-ism」と対をなすもの。パッケージも「00-ism」と共通した仕様とイメージになっている。この時期に発表された音源を洩れなく収めた好企画。

「ここではないどこかにある郊外都市の失われた週末」をテーマに展開された初期ゴメス・ザ・ヒットマンの作品群はもちろんナイーブではあるが、ある特別な時期の特別な視線にしか捉えることのできない、街のひそやかな息遣いとかほんの短い時間しか射しこまない光とかどうでもいいやりとりとかが、彼ら以外にはできないやり方で詰めこまれている。瞬間を永遠に引き伸ばすような、若き殺し屋たちの完璧な未熟さの記録がここにある。

彼らはその後、メジャー・レーベルとの契約を失い、アルバム「mono」を自主制作するなど厳しい環境での活動を余儀なくされることになる。成長が決して瑕疵のないバラ色の未来を約束しないことを予感しながらも、まだそれを知らずにいることを許された特権を自覚的に行使した作品。アルバム収録曲はもちろんだが、カップリング曲がアルバムの世界観を補完して行く「まちづくり三部作」の立体的な構成を一度に聴けるのは素晴らしい。




baby driver ep
Gomes The Hitman

2019.10.7

■ baby driver (single mix)
■ hello hello (SONG LIMBO session)
■ 夢の終わりまで (daysream session)
■ memoria (voice of memory mix)
■ baby driver (instrumental)
■ memoria (instrumental)
アルバム「memori」に先立ってリリースされた実質4曲入りのシングル。うち『baby driver』と『memori』はアルバム収録曲の別ミックス、『夢の終わりまで』はアルバム収録曲の別バージョン。『hello hello』はアルバム「Song Limbo」のアウト・テイクと思われるトラック。山田がプロデューサーの高田タイスケにアレンジを委ねたが過激すぎてお蔵になったという『夢の終わりまで』がライドっぽくてカッコええが確かにやりすぎかも。




memori
Gomes The Hitman

2019.12.25
UNIVERSAL MUSIC
UICZ-4467

■ metro vox prelude
■ baby driver (album mix)
■ 毎日のポートフォリオ
■ 魔法があれば
■ 夢の終りまで (album version)
■ 小さなハートブレイク
■ memoria (album mix)
■ houston
■ ホウセンカ
■ night and day
■ 悲しみのかけら
■ ブックエンドのテーマ
オリジナル・アルバムとしては「ripple」以来14年9か月ぶりとなる作品。前作発表後バンドは実質的に活動休止の状態にあったが、ライブ活動の再開を皮切りに、旧譜のボックス・セット、未発表曲のコンビレーションを経ての新譜リリース。アルバム「mono」から「omni」を経て「ripple」に至る、山田の作家性を動因とした内省的で静謐な流れに比べ、本作はそれ以前のギター・ポップに立ち戻ったかのような明るく清新な作品になった。

だが、何度かこのアルバムを聴き、ひとつひとつの曲の背後に隠れた、臆病な小動物のような内気でひそやかな声に耳を澄ませてみれば、そこにはキラキラしたポップの輝きだけではない、とても豊かで重層的なナラティヴがあることが分かる。それは山田が、10年以上に亘りソロ・アーティストとして音楽と格闘してきたことで身に着けた、音楽的体力とでもいったような「体幹の強さ」に裏づけられたもの。揺るぎない視線がそこにはある。

ゴメス・ザ・ヒットマンは、山田稔明のソロを経て、本来表現したかったことを過不足なく表現できるだけのスキルをようやく手に入れたように見える。それは僕たちの、ちょっと見ただけでは区別のつかない毎日の小さな違いを、メジャーを手に丁寧に、慎重に測って印しをつけて行く行くような営みから生み出されるもの。そしてそれを歯切れのいいポップ・ソングとして留保なく構成するバンドとしての力量も歳月が育んだもの。名作だ。


slo-mo replay

slo-mo replay
Gomes The Hitman

2022.3.28
GOMES THE HITMAN.COM
GTHC-0020

■ 僕はネオアコで人生を語る
■ 朝の幸せ
■ レモンひときれ
■ スミス
■ オレンジ〜真実
■ 遅れてきた青春
■ 寒い夜だよ
■ 青年船に乗る

■ believe in magic in summertime?
■ 平和なるサバービア
■ 海があればよかった
■ 真夏のスキャット
■ センチメンタル・ジャーニー
■ 会えないかな
■ 溶けて死ぬのさ
■ coffee
インディペンデントからリリースした初期の2枚のアルバム「in arpeggio」と「down the river to the sea」の収録曲を新たにレコーディングしたセルフ・カバー・アルバム。聴く側が気恥ずかしくなるくらい若い自意識満載の初期音源を、リリースから25年たった今あらためて演奏するといったいどうなるのかという無謀にも勇気ある試みとなった。メジャーでの新録音源が存在する『tsubomi』に代えて最古の曲『スミス』を収録している。

この作品を聴いて思うのは、詩人・山田稔明の成長だ。自分の身の回りの小さな世界を世界のすべてと信じて疑わなかった二十代の山田の紡ぐ言葉は、その後四半世紀をかけて発表し続けたたくさんの作品の原点としての輝きは失わないものの、その背後にある眼差しは決定的に若く、生硬である。しかし他方でメロディ・ラインは既に高い完成度を具えているし、アレンジ、演奏は2022年版にアップデートされており違和感のない仕上がりだ。

山田自身も初期作品について「拙くてせっかちでむせ返るくらいに青臭くて気恥ずかしい」と振り返っているが、それを敢えてオリジナルに近い形で再録することは、山田にとって、バンドにとって、いつかはやらなければならない作業だったのか。25年前と現在を往来しながら、二重写しになった二つの像を比べて浮かび上がるのは、成長という差分であると同時に、かつてそこにあり今も確かにここにある何か変わらないものかもしれない。



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