logo スピッツ


ヒバリのこころ

ヒバリのこころ
スピッツ

ミストラル
PMC-002 (1990)

■ ヒバリのこころ
■ トゲトゲの木
■ 353号線のうた
■ 恋のうた
■ おっぱい
■ 死にもの狂いのカゲロウを見ていた
ポリドールからのメジャー・デビュー前にインディーズからリリースした6曲入りのミニ・アルバム。収録曲のうち『ヒバリのこころ』と『恋のうた』は新たなレコーディングでそれぞれアルバム「スピッツ」「名前をつけてやる」に収められている他、『トゲトゲの木』『おっぱい』は1999年リリースのコンピレーション「花鳥風月」にそのまま収録されたが、本作自体はリリース枚数も少なく、長くコレクターズ・アイテムとなっていた。

ファーストとセカンドを買った1991年ごろには本作もインディーズを取り扱うレコード屋の店頭で見かけた記憶があり、あの時買っておけばよかったとずっと後悔していたが、2021年に「花鳥風月」の改訂版「花鳥風月+」に本作全曲が収録され、30年を経てようやく本作の全貌が明らかになった。本稿も「花鳥風月+」収録の音源を聴いて書いているがまず音のよさに驚く。マスタリングがいいのだと思うが直近の音源並みの臨場感がある。

初めて聴くのは『353号線のうた』『死にもの狂いのカゲロウを見ていた』の2曲だが、他の曲も含め一連として聴くと、エッジの効いたギターとメジャー・デビュー前にしては異常にしっかりしたリズム隊が草野のポップなのにクセのありすぎる曲をガッチリ支え、草野もまた「オレはここにいる」ということだけを繰り返し歌う。同じメンバーで30年以上続けてきたバンドの、しかしまだそれを知らない時代の音と声がここにある。必聴だ。




スピッツ
スピッツ

Polydor
POCH-1080 (1991)

■ ニノウデの世界
■ 海とピンク
■ ビー玉
■ 五千光年の夢
■ 月に帰る
■ テレビ
■ タンポポ
■ 死神の岬へ
■ トンビ飛べなかった
■ 夏の魔物
■ うめぼし
■ ヒバリのこころ
僕が何のきっかけでスピッツを聴き始めたのかもはやよく覚えてないのだが、とにかく1992年1月にドイツへ渡るときスーツケースに押しこんだ数少ない邦楽のCDの中にこのアルバムと「名前をつけてやる」が入っていたのは確かなことだ。ポータブルCDプレイヤーに現地で買った粗末な卓上スピーカーをつなぎ、語学学校の寮で草野マサムネのひび割れた声を繰り返し聴いていた。僕はまだ20代の半ばで、1年間に渡ってそんな不自由な生活を送っていたのだ。草野の奇妙な言葉遣いはそのようにして僕に刷り込まれていった。

91年当時、スピッツは時ならぬ「バンド・ブーム」から出たビートパンク・バンドのひとつだと考えられていたと思う。今日に通じるメロディの美しさはもちろんこのアルバムにもその原型を見ることができるけれども、ここではアレンジはシンプルでギターの鳴りが前面に出ており、また草野独特の言語感覚による歌詞もかなり難解で、要するに今よりずっと取っつきにくいヘンなバンドだった訳である。その草野の言語感覚を「文学的」と形容することの是非はともかくとして、文学的な歌詞を歌うビートパンクだった訳だ。

だが、異国で不安と好奇心が入り混じったテンションの高い生活を送っていた僕の境遇にこのバンドがフックしたのは、まさにその取っつきにくさの故であり、奇妙な歌詞が喚起するイメージが僕の原風景とどこかで共振したからだろうと思う。文学的だというのは歌詞の言葉遣いがヘンだという意味ではない。日常とは違う言い回しによって意味性の周縁から周縁へと張り巡らされた細い糸が、言葉の中心的な意味を更新してそこに新しい言語風景を喚起することが文学的ということであり、これはその萌芽を秘めたアルバムだ。




名前をつけてやる
スピッツ

Polydor
POCH-1103 (1991)

■ ウサギのバイク
■ 日曜日
■ 名前をつけてやる
■ 鈴虫を飼う
■ ミーコとギター
■ プール
■ 胸に咲いた黄色い花
■ 待ちあわせ
■ あわ
■ 恋のうた
■ 魔女旅に出る
僕の中ではファーストと分かち難く結びついていて単独で語ることが難しいアルバム。デビュー・アルバムから8ヶ月のインターバルで発売されたセカンドである。基本的にはファーストの延長線上にあり、音楽的にはバンド然としたギター・サウンドがメインだが、どことなく陰鬱で禍々しいイメージもあった前作に比べれば曲調は全体にやや明るく、開放的になっている。また、長谷川智樹のアレンジでオーケストラを導入した「魔女旅に出る」は次のミニ・アルバム「オーロラに〜」につながる重要な布石となっている。

曲がそれぞれすっきりと整理された分、デビュー・アルバムの得体の知れない呪術的な力のようなものは薄れ、アルバム全体としては小粒な印象を受ける。しかし草野の書く歌詞はそのようなノーマルな曲調の中でも、いや、あるいはだからこそ逆にそのいびつさを露わにしている。それはもはや言葉遣いの奇妙さではなく、彼が心に秘めたイメージや妄想のいびつさが表面に現れる言葉を必然的に歪めてしまうということなのだ。そしてその歪みが本来彼一人のものであるはずの妄想を僕たちの中にもはっきりと喚起するのだ。

ファーストではそのような草野の歪みをことさらに前面に押し立てていたような青さ、若さがあって、それは一方でスピッツというバンドの宿命的な特徴をよりデフォルメした形で示すとともに、他方ではスピッツという存在を必要以上にエキセントリックに見せていて聴き手を選別していたことも事実だが、このアルバムではそのようなわざとらしさが剥落した分、むしろ草野の隠し難い資質がはっきりしたということができるだろう。「鈴虫を飼う」や「黄色い花」に見られる切実な孤独の認識に草野の本質を見る気がする。




オーロラになれなかった人のために
スピッツ

Polydor
POCH-1133 (1992)

■ 魔法
■ 田舎の生活
■ ナイフ
■ 海ねこ
■ 涙
「名前をつけてやる」収録の『魔女旅に出る』でストリングス・アレンジを担当した長谷川智樹をアレンジャー、プロデューサーに迎えて制作された5曲入りのミニ・アルバム。収録曲はいずれもブラス・セクションやストリングスを導入し、バンド・メンバーが演奏しない曲もあるなど実験的な作り。初期の試行錯誤のひとつだと思うが、ミニ・アルバムとはいえ、かなり思いきった試みであることは間違いない。キャリアでも無二の音源だ。

ファンファーレ的に鳴らされる『魔法』とアップ・テンポのポップ・ソングである『海ねこ』がバンドにブラスを加えた構成で賑々しく景気よくドライブして行く一方、『田舎の生活』『ナイフ』『涙』はストリングスに導かれるスロー・ソング。この作品のキャラクターはどちらかといえばこれらの曲によって決定されており、バンドという編成から解放された草野のいびつな世界観が、美しいストリングスでむしろ際立って行くのが面白い。

圧巻は7分近くに及ぶ『ナイフ』だろう。誕生日にハンティング・ナイフのゴツいヤツをあげるというこの歌詞は草野の宿命的な歪みをはっきりと示している。いつもはビートに乗せて歌われる草野の妄想が、そのやかましい保護サックを取り去られて、しかしそれ故にその宿命性と異常性が、ストリングスの滑らかさの彼岸にある凄みにまで昇華しているのだ。他の作品の系譜から孤立したガラパゴスのような進化の袋小路というべき意欲作。




惑星のかけら
スピッツ

Polydor
POCH-1148 (1992)

■ 惑星のかけら
■ ハニーハニー
■ 僕の天使マリ
■ オーバードライブ
■ アパート
■ シュラフ
■ 白い炎
■ 波のり
■ 日なたの窓に憧れて
■ ローランダー、空へ
■ リコシェ号
長谷川智樹のアレンジでオーケストラを導入したミニ・アルバム「オーロラになれなかった人のために」をはさんでリリースされたサード・アルバム。再びバンド・サウンドに戻ってコンパクトなフォーク・ロックを中心に聴かせる。デビュー・アルバムに顕著だったエキセントリックなモメントはセカンド・アルバムからさらに整理され、その後のスピッツにつながって行くすっきりしたポップ・ソングへの傾きが見られるが、まだまだ過剰な自意識の片鱗のようなものが残っていて、結果として散漫になってしまったアルバム。

カントリーのスタイルを借りた秀逸なラブソング「僕の天使マリ」やギター・ポップの系譜の中でひとつの原型となり得る「アパート」、ブレイク後のファンにも受け容れられそうな「波のり」など、ソングライティングは大きな進歩を見せており、個々の楽曲のクォリティは決して低くない。しかしこの時期のスピッツは、歪んだ世界観を普通のポップ・ソングのように見せかけてマス・セールスに結びつける魔法をまだ手にすることができず、自らをどちらに導いてよいのか分からず暗中模索していたのだと言えるだろう。

このアルバムで歌われるのは「特別な自分」の「特別な恋」だ。自分が特別であることへの過剰なまでの自意識と、あるいは自分が何一つ特別ではないかもしれないことへの破滅的な怖れである。そんなアンビバレントな自意識に引き裂かれながら、自分にとってかけがえのない自分が他人にとっても特別であることへの憧れ、希求を、当たり前の恋愛やセックスの妄想の中に回収し、自分の体温の届く場所で歌おうとする草野の姿勢こそがスピッツというバンドの信頼の源泉であり、それはこのアルバムで既にはっきりしている。




Crispy!
スピッツ

Polydor
POCH-1270 (1993)

■ クリスピー
■ 夏が終わる
■ 裸のままで
■ 君が思い出になる前に
■ ドルフィン・ラヴ
■ 夢じゃない
■ 君だけを
■ タイムトラベラー
■ 多摩川
■ 黒い翼で
何をどう間違えたのか、ストリングスはともかくブラス、シンセを大々的にフィーチャーしていきなりゴージャスなアレンジのパワー・ポップになってしまった4作目である。初めてプロデューサーに笹路正徳を迎え、チャートを露骨に意識した派手なサウンド・プロダクションを導入して勝負に出た作品だが、結果的にはセールスもブレイクせず、いかにも中途半端なアルバムだけが残ることになった。草野のソングライティングもどこかヒットを意識したような生硬さがあって、素直に楽しむには正直つらいアルバムである。

「輝くほどに不細工なモグラのままでいたいけど クリスピーはもらった」と歌うタイトル曲では、自らのいびつな世界観とポップなソングライティングの資質との間でどのように折り合いをつければよいのか明確な答えが出せないまま、商業的な成功へと走り出したバンドの逡巡を見るようだ。自分の思い描く世界と実際の世界とのズレを具体的な景色の中に還元してリアルな感情を喚起して見せる草野の手法はここでは上滑りになり、ラブソングは平板になり、急いで答えを求めているような焦りが強く印象に残ってしまう。

もちろん「君が思い出になる前に」や「タイムトラベラー」のような優れた曲も収められてはいる。特に「タイムトラベラー」は、本来はリスナーに分かるはずのない草野の頭の中のストーリーの一断片であるにもかかわらず、描かれたシーンの切実さがそのまま伝わる名曲であり、次作、次々作につながって行くシンプルなギター・ポップに仕上がっていて、他のシングル曲よりもこのアルバムのマイル・ストーンになり得る作品だ。次作以降の展開を考えれば、このアルバムが売れなかったことは実は幸福だったのかもしれない。




空の飛び方
スピッツ

Polydor
POCH-1392 (1994)

■ たまご
■ スパイダー
■ 空も飛べるはず
■ 迷子の兵隊
■ 恋は夕暮れ
■ 不死身のビーナス
■ ラズベリー
■ ヘチマの花
■ ベビーフェイス
■ 青い車
■ サンシャイン
シングル「ロビンソン」でのブレイク前夜にあたる第5作。同じ笹路正徳のプロデュースだが、商業的に失敗に終わった前作から方向を転換し、草野のポップ・メイカーとしての資質を生かしながら再びギターの鳴りを音作りの核に据えたシンプルでバンド・オリエンテッドな路線に回帰した。とはいえスピッツが初期のビート・パンクに後戻りした訳ではもちろんない。曲調は前作にも増してポップになっているのだが、それを過剰に飾り立てず、必要最小限のアレンジでストレートに歌いきるというひとつの覚醒を果たしたのだ。

その意味で「ロビンソン」のブレイクは本作で既に約束されていたとも言えるし、むしろそれは遅すぎるブレイクだったとすら考えられる。本作の先行シングル「青い車」こそスピッツの新しい覚醒を示すエポックメイキングな作品だったのであり、「おいてきた何かを見に行こう」と歌ったこの曲で草野は自分の歪んだ妄想をそのままにして世界と渡り合う魔法を手にしたのだ。彼にはもう「おいてきた何か」を惜しんだり取り戻したりする必要はなかった。「もう何も怖れない」と高らかに宣言した草野の自信こそ本作の核だ。

このアルバムではヘンな自分のまま走り続けることへの意志が繰り返し歌われる。あからさまな性的な暗喩も多い。むしろそうしたいびつな自意識が走り続けるための最も強い武器になるということを草野は悟ったのであり、そしてそれを最も効果的に響かせるために自分のポップ・センスがどのように機能し得るか、その原型を示したのがこのアルバムに他ならない。「ロビンソン」でのブレイク、そしてそれ以降のスピッツへと直接結びついて行くプロトタイプとして、そして何より秀逸なポップとして高く評価すべき作品。




ハチミツ
スピッツ

Polydor
POCH-1527 (1995)

■ ハチミツ
■ 涙がキラリ☆
■ 歩き出せ、クローバー
■ ルナルナ
■ 愛のことば
■ トンガリ'95
■ あじさい通り
■ ロビンソン
■ Y
■ グラスホッパー
■ 君と暮らせたら
「ロビンソン」のヒット直後にリリースされた第6作。プロデューサーは引き続き笹路正徳。前作で獲得した魔法をそのまま推し進め、シンプルなギター・サウンドで草野の特徴あるポップなメロディを牽引して行く。これ以降スピッツの「王道」となって行くこのスタイルは前作で既に提示されていたが、ここではシングルヒットの裏づけを得て、アートワークなども含めより「メジャーらしい」プロダクションになっているような印象を受ける。出世作であり、本作で初めてスピッツのアルバムを聴いた人も多いかもしれない。

だが、収録された曲のポップさという意味では本作は前作に遠く及ばないように思う。特に「ロビンソン」のヒットを受けてリリースされたシングル「涙がキラリ☆」は悪くはないもののテンポも中途半端で聴いていてカタルシスのあるポップ・ソングではない。それは冒頭のタイトル曲を初め他の曲の大半にも言えることで、ここでの草野のソング・ライティングはどこか影を秘めた、簡単には解放に向かわない意固地さのようなものを基調にしているようにも思えるのである。僕自身思い入れの抱きにくいアルバムなのだ。

それはなぜなのだろう。あるいはそれはシングルヒットによってメジャーに祭り上げられることへの草野の無意識の躊躇だったのかもしれない。「ロビンソン」型のフォーク・ロック/ギター・ポップ系の曲をもう一つくらい作ることは草野にはそれほど困難ではなかったはずだ。だが、ここでは「ロビンソン」を除けば最もポップであるラストの「君と暮らせたら」すら、最後に大きく曲調を転じてそのままポップに歌い切られることを拒んでいるかのようだ。その逡巡がアルバム全体をどこか思い切りの悪いものにしている。




インディゴ地平線
スピッツ

Polydor
POCH-1605 (1996)

■ 花泥棒
■ 初恋クレイジー
■ インディゴ地平線
■ 渚
■ ハヤテ
■ ナナへの気持ち
■ 虹を越えて
■ バニーガール
■ ほうき星
■ マフラーマン
■ 夕陽が笑う、君も笑う
■ チェリー
7作目のアルバム。「Crispy!」以降のスピッツを手がけている笹路正徳が本作でもプロデュースを担当。基本的には前作、前々作の路線を継承しているが、本作では音作りがややロック寄りになり、ギターの音にも多くの曲でディストーションがかけられている。曲調やメロディは必ずしも親切でなかったりもするのだが、前作と違って逡巡のようなものは感じられず、これをやる、これでいいというある種の確信のようなものがあるので安定感は格段に増している。メジャーとしての自分たちの居場所を確認したように思える。

そのような確信は曲の展開の確かさに表れている。アルバム冒頭に置かれたオーバーチュア的な小品である「花泥棒」から「初恋クレイジー」の歯切れのいいピアノのイントロへの流れは、それだけでこのアルバムの強さを示唆しているようだ。「渚」はどこまでも解放のないどちらかといえば地味な曲だが、この曲をシングル・カットしたところに彼らの本作への自信を見ることができるのではないか。それは前作を象徴する「涙がキラリ☆」の中途半端さとはまったく違った種類のアンチ・クライマックスなのだと僕は思う。

曲調は不親切だと書いたが、「ナナへの気持ち」や「バニーガール」、「夕陽が笑う、君も笑う」などのサビへ駆け上がって行くポップな思い切りのよさは、決して声量が豊かな訳でもない草野の息も絶え絶えなハイトーンと相まって、スピッツというバンドの最前線を確実に指し示している。先行シングルでオーソドックスな「ロビンソン」タイプの「チェリー」がむしろ陳腐に思えるくらいこのアルバムでのスピッツは確信犯的にシフトアップして、次の地平を目指して離陸するための滑走に入ったのだ。方向を示した作品。




フェイクファー
スピッツ

Polydor
POCH-1685 (1998)

■ エトランゼ
■ センチメンタル
■ 冷たい頬
■ 運命の人
■ 仲良し
■ 楓
■ スーパーノヴァ
■ ただ春を待つ
■ 謝々!
■ ウイリー
■ スカーレット
■ フェイクファー
カーネーションの棚谷祐一をプロデューサーに迎えて制作した第8作。「空の飛び方」以降の路線から大きく逸脱している訳ではないが、「運命の人」でのデジタル・ビートの導入や、「謝々!!」でのブラス・アレンジなど、音楽的な幅はグッと広がり、歌詞、メロディともよりはっきりとした覚醒感に裏づけられたこの時期のひとつの頂点ともいえる作品である。唯一笹路正徳のプロデュースによる先行シングル「スカーレット」をはじめ、「運命の人」、「冷たい頬」、「楓」と4枚のシングルを収録した堂々たる代表作だ。

このアルバムで特筆したいのは「謝々!!」の歌詞が見せるビジョンの広さ、視点の高さである。「じかに触れるような」とか「赤い土にも芽吹いた」といった言葉のもつ新しさ、清らかさ、そして何より「今ここにいる」ことに対する限りない肯定性。あるいは「記号化されたこの部屋からついに旅立っていく」、「新しいひとつひとつへ」と歌いきった身もフタもない直接性。それまでのスピッツには見られなかったこれらのモメントをドンピシャのブラス・アレンジでファンキーに聴かせる自信は次作へとつながる覚醒の証だ。

このアルバムでの達成は一朝一夕になされたものでない。曲調やアレンジ、サウンド・プロダクションの拡張は棚谷の助けを得て実現したものだろうが、それを受け止めるためには個々の楽曲にそれだけの実体がなければならないはずだ。ここで重要なのは草野のソングライティングやバンドとしての一体性、有機性が外部プロデューサーの力量と拮抗するだけのボディを確実に備えているということ。本作を区切りとして、このあとスピッツは次作の発表までベストのリリースをはさみ2年以上のインターバルを置くことになる。




花鳥風月
スピッツ

Polydor
POCH-1776 (1999)

■ 流れ星
■ 愛のしるし
■ スピカ
■ 旅人
■ 俺のすべて
■ 猫になりたい
■ 心の底から
■ マーメイド
■ コスモス
■ 野生のチューリップ
■ 鳥になって
■ おっぱい
■ トゲトゲの木
シングルのカップリングなどオリジナル・アルバムに収録されていない曲を集めたコンピレーション。『流れ星』『愛のしるし』『野生のチューリップ』は新録もしくは未発表のアウト・テイク、『おっぱい』と『トゲトゲの木』はインディーズからリリースしたミニ・アルバム「ヒバリのこころ」から収録されたもの。カップリング曲がまとめて聴ける上に未発表曲も多数収録されており、ディスコグラフィを補完する良心的な作品集だ。

スピッツはカップリングをオリジナル・アルバムに収録しないことが多く(発表したシングルの半分以上はカップリングが未収録)、こうしたコンピレーションはこの後もシリーズ化してリリースされることになる。オリジナル・アルバムのコンセプトには合わないかもしれないが、曲単体の完結性や完成度という意味ではむしろよく作りこまれた質の高いポップ・ソングが多く、通して聴いてもオリジナル・アルバム同様十分楽しめる出来だ。

インディーズ盤から収録された2曲も興味深いが、このアルバムのハイライトは何と言っても『猫になりたい』だろう。もともとシングル曲候補でもあったというこの作品は、最終的にはシングル『青い車』のカップリングとなったが、スピッツのレパートリーの中でも人気の高い曲のひとつ。シンプルな構成の叙情派フォークだが、草野特有の視点で鮮やかに光景を喚起しそれがさざ波のように感情を泡立てる。この曲のために買う価値あり。




ハヤブサ
スピッツ

Polydor
POCH-4001 (2000)

■ 今
■ 放浪カモメはどこまでも
■ いろは
■ さらばユニヴァース
■ 甘い手
■ Holiday
■ 8823
■ 宇宙虫
■ ハートが帰らない
■ ホタル
■ メモリーズ・カスタム
■ 俺の赤い星
■ ジュテーム?
■ アカネ
前作から2年以上のインターバルを置いてリリースされた第9作。プロデュースにスクーデリア・エレクトロの石田小吉を迎え、これまでのサウンド・プロダクションから大きく踏み出した意欲作である。草野のソングライティング自体はあくまで彼自身の内的な必然性に立脚しているのだが、それを最も効果的に伝達するためのメディアとしてのアレンジ、サウンド・プロダクションはこれまでの枠を越えて多様になり、収録曲も14曲と多く、結果として一種のショーケースのようなカラフルで実験的な仕上がりの作品となった。

特にやかましいパーカッションとディストーションのかかったギターで音の壁を作る「メモリーズ」や、大胆にレゲエを導入した「8823」などは、夢見がちでメロウに思われるスピッツの音楽の奥に潜む闇雲で危ういモメントをむき出しにするようだ。草野の弾き語りに胡弓をフィーチャーした「ジュテーム?」のミニマムな完成度や「さらばユニヴァース」のドラマティックな駆け上がりも評価されるべきで、こうした多様な楽曲が全体としてこのアルバムをコンセプチュアルに統合しているさまは驚嘆に値すると言っていい。

従来型の「ホタル」や「アカネ」、「放浪カモメはどこまでも」のような曲も、このアルバムの中にあっては、よりダイナミックな振幅の中でそこにあることの意味が再び問い直され、それでもこのアレンジでここにあるべき必然性を強く主張することでスピッツとしての核のようなものが一層はっきりと自覚されている。ベスト・アルバムのリリースを巡ってメーカーと激しく対立したバンドが、これまでのすべてのヒット曲を凌駕するような力強いアルバムで自らのポテンシャルを示し目指すべき方向を明らかにした問題作。




三日月ロック
スピッツ

Universal
UPCH-1172 (2002)

■ 夜を駆ける
■ 水色の街
■ さわって・変わって
■ ミカンズのテーマ
■ ババロア
■ ローテク・ロマンティカ
■ ハネモノ
■ 海を見に行こう
■ エスカルゴ
■ 遥か
■ ガーベラ
■ 旅の途中
■ けもの道
亀田誠治のプロデュースによる第10作。前作で見せたカラフルな広がりから一転して、ロック・オリエンテッドでアクの強い作風になった。どの曲も影を秘めたように暗い輝きを放ち、いつになくアクの強いメロディ・ラインがハードなギターリフでドライブされて行く。「水色の街」、「さわって・変わって」、「ハネモノ」、「遥か」と4曲ものシングル曲が収録されているのにもかかわらず、王道であるメロウなフォーク・ロックはかろうじてアルバムの1年以上も前にリリースされた「遥か」くらいしか見当たらないのだ。

この取っつきにくさは初期のアルバムを思い起こさせる。僕たちはこのアルバムでもう一度、スピッツが歌っているのは結局のところどれもこれも草野マサムネの個人的な妄想に過ぎなかったことを思い出すのだ。僕たちは草野が見ている夢の中にいて、どんなにポップに聞こえても、その実どこかに本質的で宿命的な歪みを抱えたおかしな世界のパースペクティブを見ているのだ。それはどのアルバムでも本当は同じことなのだが、ここでの草野はそれを甘い砂糖衣でコーティングすることすらもう必要ないと決めたようなのだ。

もちろんその背後にあるのはあふれんばかりの自信である。「夜を駆ける」のような決してポップでも明るい訳でもない曲をアルバムの冒頭に置いた時点で、草野の内向的な情熱がこのアルバムの底流を形作り始めていたのだ。ここには草野のむき出しの欲望があり、飢えがあり、渇きがあり、そして悦びがあり救いがある。1曲に詰めこまれた熱量は確実にレベルアップし、親切なメロディラインなしでもそれを流通させてしまう力を彼らは手にした。ナイフを当てれば血が滴るような、彼らのナマの熱を宿した力作だと思う。




色色衣
スピッツ

Universal
UPCH-1335 (2004)

■ スターゲイザー
■ ハイファイ・ローファイ
■ 稲穂
■ 魚
■ ムーンライト
■ メモリーズ
■ 青春生き残りゲーム
■ SUGINAMI MELODY
■ 船乗り
■ 春夏ロケット
■ 孫悟空
■ 大宮サンセット
■ 夢追い虫
■ 僕はジェット
1999年の「花鳥風月」に続いてリリースされたレア・トラックスのコンピレーション。『スターゲイザー』『メモリーズ』『夢追い虫』はシングル曲だがオリジナル・アルバムに収録されなかったもの。『ハイファイ・ローファイ』『魚』『青春生き残りゲーム』は1999年の元日にリリースされた「99ep」の収録曲(『魚』以外の2曲はリミックス)。『僕はジェット』は未発表曲で、デビュー当時のデモ音源。他はシングルのカップリングだ。

アルバム「ハヤブサ」から「三日月ロック」至る時期の実験的でアグレッシヴなロック・チューンが中心になっており、ポップ・ソングの多かった「花鳥風月」に比べるととっつきにくいのは確か。とはいえ、むしろそれだけにひとつひとつの曲はエッジの立った特徴的なものが多く、アルバム全体を通して聴いてもコンピレーションにありがちな散漫さや退屈さはないと言っていい。収録曲を丁寧に追いかけて行けばあっという間に聴き終る。

『メモリーズ』はアルバム「ハヤブサ」に『メモリーズ・カスタム』としてリミックスで収められた曲のオリジナル。「99ep」は3曲入りのEPで「花鳥風月」より前にリリースされていたがどの曲もベスト含めアルバム未収録となっていたもの。キャラのはっきりした曲が多い中で、アコギのみのバッキングによる『大宮サンセット』では、草野のソングライティングの原風景やメロディの骨格の力強さを目の当たりにする思い。名曲だと思う。




スーベニア
スピッツ

Universal
UPCH-1380 (2005)

■ 春の歌
■ ありふれた人生
■ 甘ったれクリ―チャー
■ 優しくなりたいな
■ ナンプラー日和
■ 正夢
■ ほのほ
■ ワタリ
■ 恋のはじまり
■ 自転車
■ テイタム・オニール
■ 会いに行くよ
■ みそか
11枚めのオリジナル・アルバム。プロデューサーには前作に続いて東京事変の亀田誠治を起用。スピッツはデビューから笹路正徳のプロデュース時代までが第一期、その後、トランジション期ともいうべき「フェイクファー」「ハヤブサ」を経て、「三日月ロック」から亀田誠治とのタッグによる第二期に入ったというのが僕の見立てだが、そういう「スピッツ史観」を前提にすれば第二期の足場固めの時期にあたるアルバムということになる。

前作ではアルバム・タイトルも示唆する通り「ロック的なもの」への回帰というか傾倒が顕著だったが、本作では曲想のバラエティが印象的。『春の歌』『正夢』といったシングル曲はやや平板だが、琉球音階を効果的に取り入れた『ナンプラー日和』、本格的なレゲエの『自転車』、ギターの鳴りで聴かせる『甘ったれクリ―チャー』など色彩豊かな曲のおかげで、ポップなアルバムに奥行きが生まれ、立体的な像を結んでいるのが興味深い。

このアルバムで気がつくのは『ありふれた人生』『優しくなりたいな』『恋のはじまり』など、オーソドックスで内省的な曲の完成度が高いということだ。歌詞を仔細に聴けば結構際どいところがあったりひねりがあったりするのだが、こういういかにもな曲のひとつひとつに草野の成長とか視点の深まりみたいなものを感じる。過渡期を経て、表現全体の底上げがなされたことが次第にはっきりしてきたということか。水準点になるアルバム。




さざなみCD
スピッツ

Universal
UPCH-1620 (2007)

■ 僕のギター
■ 桃
■ 群青
■ Na・de・Na・deボーイ
■ ルキンフォー
■ 不思議
■ 点と点
■ P
■ 魔法のコトバ
■ トビウオ
■ ネズミの進化
■ 漣
■ 砂漠の花
前々作から続いて亀田誠治プロデュースによる12枚めのオリジナル・アルバム。2006年から2007年にかけてリリースされたシングル『魔法のコトバ』『ルキンフォー』『群青』を収録。前作が第二期の足場固めだったとすれば、本作はその基礎の上に立ちながらさらにダイナミック・レンジを広げた作品と言えるかもしれない。『Na・de・Na・deボーイ』『不思議』などのポップ・ソングや、『P』『砂漠の花』などのバラードの表情も豊かだ。

しかし、このアルバムで注目するべきは、『僕のギター』『桃』『点と点』『ネズミの進化』など、アクが強くとっつきにくい曲の方ではないかと思う。今となっては整理されたポップ・ソングを手管でいくらでも書けるはずの草野が、それでもこうした曲をいくつもアルバムにブッ込んで来るのは、ストレートにロックとも言いにくい、へんてこなギター・ソングこそがスピッツのひとつのアイデンティティに違いないということの証左だ。

ポップの地歩を固めることで、こうしたへんてこソングがより自信をもって鳴らされるようになったということなのかもしれない。曲調のバラエティというより表現の強度においてより高いところにたどり着く意志を明らかにしたと言っていい。一方でシングル曲もいい。『群青』のネオアコぽいアレンジは初期を思わせる清新さ。個人的に思い入れのある『魔法のコトバ』は「約束しなくてもまた会える」というところが草野の詩情なのだ。




とげまる
スピッツ

Universal
UPCH-1803 (2010)

■ ビギナー
■ 探検隊
■ シロクマ
■ 恋する凡人
■ つぐみ
■ 新月
■ 花の写真
■ 幻のドラゴン
■ TRABANT
■ 聞かせてよ
■ えにし
■ 若葉
■ どんどどん
■ 君は太陽
前作から3年のインターバルで発表された、13作目となるオリジナル・アルバム。プロデュースは亀田誠治(『探検隊』『どんどどん』のみバンドによるセルフ・プロデュース)。シングル曲としては『若葉』『君は太陽』『つぐみ』『シロクマ』と4曲を収録(『花の写真』『ビギナー』はシングルのカップリング)、前作までの流れに沿いながら、バラードからギター・チューンまでレンジの広いオーソドックスなポップ・ソングを聴かせる。

カントリー調の『花の写真』や初期を思わせるギター・ポップ『幻のドラゴン』など、キャラクターのはっきりしたチャーミングな曲もあるものの、このアルバムではおしなべて曲のトーンが暗く、ストレートに迫ってくる力が弱いのが気になる。シングルの『シロクマ』や『つぐみ』もどこか逡巡するような、目的地まで最短距離を行かないもどかしさを感じる。全14曲57分と大盛りのサービス定食だが、途中で食べ飽きる感じがしてしまう。

草野の手クセによるとっつきの悪さ、愛想のなさ、あるいは機嫌の悪さはスピッツの属性のひとつだと思うが、それとはまた別の、薄紙みたいにもどかしいフィルタ越しに景色を見るような、妙に輪郭のぼやけたはっきりしないイメージが強い。アルバム全体を牽引するような、傍若無人な力のある曲が不足している上、制作期間が長期に亘ったこと、タイアップが多いこともなどもアルバムの統一感を弱めてしまったか。正直印象の薄い作品。




おるたな
スピッツ

Universal
UPCH-1863 (2012)

■ リコリス
■ さすらい
■ ラクガキ王国
■ 14番目の月
■ 三日月ロック その3
■ タイム・トラベル
■ 夕焼け
■ まもるさん
■ 初恋に捧ぐ
■ テクテク
■ シャララ
■ 12月の雨の日
■ さよなら大好きな人
■ オケラ
1999年の「花鳥風月」、2004年の「色色衣」に続いて発表された、オリジナル・アルバム未収録曲のコンピレーション。2004年のシングル『スターゲイザー』のカップリングだった『三日月ロック その3』から2009年のシングル『君は太陽』のカップリング『オケラ』までシングルのカップリング8曲に加え、トリビュート・アルバムに提供したカバー6曲を収録。初恋の嵐の『初恋に捧ぐ』と花*花の『さよなら大好きな人』は本作のための新録。

カバーの『さすらい』は奥田民生、『14番目の月』は松任谷由実、『12月の雨の日』ははっぴいえんどのトリビュートに収められていたもの。原田真二の『タイム・トラベル』はテレビドラマの主題歌に使われたものらしい。新録の2曲も含め、どの曲もオリジナルを尊重しながら、おそらく黙って聴かされれば誰でもスピッツのオリジナルと思ってしまう独自感の撃ち込み方はすごみをすら感じさせる。オリジナルとの対決感がカバーの真髄だ。

それはもちろんオリジナルの側にその挑戦を受けて立つに足る楽曲としての強度があるから成り立つ勝負なのだが、曲の解釈と草野の声でそこにスピッツ・ワールドを現出させる存在感は強力なもの。カップリング曲も『三日月ロック その3』『夕焼け』『まもるさん』など埋もれさせるにはあまりに惜しい曲がきちんと拾われており、いずれにしても、拾遺としてだけではなく、独自のコンセプトを持った1枚のアルバムとして楽しめる作品だ。




小さな生き物
スピッツ

Universal
UPCH-1946 (2013)

■ 未来コオロギ
■ 小さな生き物
■ りありてぃ
■ ランプ
■ オパビニア
■ さらさら
■ 野生のポルカ
■ scat
■ エンドロールには早すぎる
■ 遠吠えシャッフル
■ スワン
■ 潮騒ちゃん
■ 僕はきっと旅に出る
前作「とげまる」から3年のインターバルでリリースされた14作目のオリジナル・アルバム。セルフ・プロデュースの『scat』『遠吠えシャッフル』を除いて亀田誠治とバンドとの共同プロデュースとなっている。2010年以降シングルのリリースが途絶えており、このアルバムに収録されたシングル曲はアルバムに4カ月先駆けて発表された『さらさら』『僕はきっと旅に出る』の両面のみ。初回盤にはボーナス・トラック『エスペランサ』収録。

このアルバムでは前作に見られた曖昧さ、薄く靄のかかったような見通しの悪さが一気に払拭され、三輪のギターをドライバにしたスピッツの新しいステートメントがこれでもかと叩きつけられる。まさに開き直りと言っていいくらいの思いきりのよさは彼ら自身が次のフェイズに入ったことの顕著な表れか。ポップであることは間違いないが、最大の関心事は言いたいことを最短距離で伝えることであり、直接性を何より重視したアルバムだ。

特に印象深いのは、ポーグスを思わせるアイリッシュ・トラッド調の『野生のポルカ』、ギターのカッティングが心地よいディスコ『エンドロールには早すぎる』、博多弁がクセになるロック・チューン『潮騒ちゃん』など、メリハリがはっきりしてキャラ立ちしている曲だ。こうした曲がアルバム全体のワイド・レンジを拡張した結果、どの曲も手足を自由に伸ばせるスペースを獲得できたように見える。ひとつの達成と評していい重要作だ。




醒めない
スピッツ

Universal
UPCH-2086 (2016)

■ 醒めない
■ みなと
■ 子グマ!子グマ!
■ コメット
■ ナサケモノ
■ グリーン
■ SJ
■ ハチの針
■ モニャモニャ
■ ガラクタ
■ ヒビスクス
■ ブチ
■ 雪風
■ こんにちは
前作から3年のインターバルでリリースされた15枚めのオリジナル・アルバム。セルフ・プロデュースによる『ブチ』『こんにちは』を除いてバンドと亀田誠治のプロデュース。『ブチ』の編曲にはキーボーディストのクジヒロコがバンドとともにクレジットされている。シングル曲としては『雪風』(配信のみリリース)と『みなと』(カップリングの『ガラクタ』も)を収録。前作の延長線上にあるストレートなポップ・アルバムになった。

特に前作で改めて獲得した直接性、風通しのよさへの希求はここで一層明らかだ。「おいでおいでするやつ構わず走れ」と歌う『子グマ!子グマ!』は、サビでいきなりブギー調に転じる変則的な曲構成にも必然性を感じさせる看板曲。雰囲気系のスロー・ナンバーはなく、一筋縄で行かないアクの強い曲が印象に残る。唯一と言っていいバラードの『モニャモニャ』も、はっきりしたテーマ世界に裏打ちされた固有の「語りかけ」を持っている。

意図的にストリングスを排除したという通り、『醒めない』『子グマ!子グマ!』『グリーン』『ハチの針』『ガラクタ』など三輪のギターを動因にしたナンバーが多いのも特徴だが、殊更に分かりやすく、親しみやすくという配慮をすっぱりと切り捨てたかのような草野のソングライティング自体がその背景にある。ここにきて彼らの音楽がこうした直接性への傾斜を深めて行くのは興味深い。確かな手ごたえがあり一気に聴き通せるアルバム。




見っけ
スピッツ

Universal
UPCH-7519 (2019)

■ 見っけ
■ 優しいあの子
■ ありがとさん
■ ラジオデイズ
■ 花と虫
■ ブービー
■ 快速
■ YM71D
■ はぐれ娘
■ まがった僕のしっぽ
■ 初夏の日
■ ヤマブキ
前作から3年のインターバルで発表された16作目のオリジナル・アルバム。セルフ・プロデュースの『ヤマブキ』以外はバンドと亀田誠治のプロデュースによるもの。初回限定盤にはボーナス・トラックとして『ブランケット』が追加収録されている。NHKの連続テレビ小説「なつぞら」の主題歌『優しいあの子』がシングルとして先行発売された。バンドとしての勢いを率直に感じさせるアンサンブル中心の、ポップなアルバムに仕上がった。

とはいえ、ひとつひとつの曲を聴きこんでみれば、そこには拭い去り難い草野の手クセのようなものが確かに刻みこまれているし、多くの曲はポップではあっても一筋縄で最後までは行かない引っかかりのようなものを抱えている。それは逡巡であるよりは、草野がその資質を何の留保もなく開放する時に不可避的にそこに立ち現れる本質的な偏りとか歪みであり、スピッツを聴くというのはこの偏りに周波数を合わせることに他ならないのだ。

もはやその偏りを隠したり、修正したり、折り合いをつけたりすることすらなく、それをこそ武器に躊躇なくギターの鳴りに乗せてくるのがここ数作のスピッツのアルバムに共通した方法論である。それは草野が「今ここ」を肯定するために求め続けて手にした特権的な力であり、前作同様、直接性、具体的に手に取れるものへの明らかな傾倒である。冒頭のタイトル曲『見っけ』とラストの『ヤマブキ』をともに3分強で歌いきるのが潔い。




ひみつスタジオ
スピッツ

Polydor
UPCH-2256 (2023)

■ i-O(修理のうた)
■ 跳べ
■ 大好物
■ 美しい鰭
■ さびしくなかった
■ オバケのロックバンド
■ 手毬
■ 未来未来
■ 紫の夜を越えて
■ Sandie
■ ときめきpart1
■ 讃歌
■ めぐりめぐって
前作から3年半のインターバルでリリースされた17作目のオリジナル・アルバム。バンドと亀田誠二のプロデュースによる作品で、先行シングル『紫の夜を越えて』『大好物』『美しい鰭』を収録。『ときめきpart1』も映画「水は海に向かって流れる」とのタイアップ曲。シングル曲、タイアップ曲を多く収録したこともあってか、全体に聴きやすくポップな仕上がり。もはやオープンでも問題ないと腹をくくったかのような風通しのよさだ。

特に驚かされるのが、メンバー4人が順にボーカルを担当する『オバケのロックバンド』だ。これまでも『ミカンズのテーマ』など自己言及的な楽曲はあったが、バンドの成り立ちをここまでストレートに歌い上げたことはなく、なにより草野以外の3人がボーカルを担当すること自体が初めて。「子供のリアリティ 大人のファンタジー」「オバケのままで奏で続ける」という歌詞に彼らの覚悟が見える。これこそが彼らの音楽の本質なのだ。

もうひとつ見逃せないのはラストに置かれた『めぐりめぐって』。これもまた『オバケのロックバンド』と同様に歌うことへの言及であると解釈でき、アルバムタイトルである「秘密のスタジオ」が歌われる。あまりにあけすけに歌い放つこの2曲を聴くと、歌うことについて彼らになにか期するものがあるのではと心配してしまうが杞憂で終わってくれるだろうか。『未来未来』でのゲストの朝倉さやのボーカルがカッコよすぎてチビる寸前。



Copyright Reserved
2005-2023 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com