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PACIFIC STREET
The Pale Fountains

Virgin
CDV2274 (1984)

■ Reach
■ Something On My Mind
■ Unless
■ Southbound Excursion
■ Natural
■ Faithful Pillow (Pt.1)
■ (Don't Let Your Love) Start A War
■ Beyond Fridays Field
■ Abergele Next Time
■ Crazier
■ Faithful Pillow (Pt.2)
さて、何から書き始めようか。ペイル・ファウンテンズの音楽を聴くとき、僕の心をいつもよぎるのは果てしない後悔である。何か大事なことをやるべき時にやらないまま大人になってしまった僕の青春時代への悔恨であり、何よりこのペイル・ファウンテンズを10代の時にきちんと聴いておかなかった僕の愚かさへの腹立たしさである。このアルバムが発売された84年、僕は大学1年生だった。あの年にこのアルバムを聴いていたら僕の人生は少しばかり変わっていたかもしれない。そう、ほんの少しばかり、でも決定的に。

僕が実際にこのアルバムを手にしたのはそれからたぶん5年か6年後、就職してそれまでのように毎日ロックばかり聴いている訳にも行かなくなったしんどい時期だった。ネオアコの名盤だといわれて確か神戸の中古盤屋で買ったと思う。そしてこのアルバムを熱心に聴いたことはおそらくほとんどなかった。それなのにこのアルバムは少しずつ時間をかけて僕の中にとても特別な位置を占めるようになった。大学生の頃に繰り返し聴いた何枚かのレコードよりもずっと、このアルバムは僕の心に深く何かを残して行ったのだ。

バカラック・マナーの美しく特徴あるメロディ、トランペットやストリングスをフィーチャーした流麗なアレンジ、そしてそこに絡むギターの激しいカッティング。ここでは静謐な美しさとある特定の時期にしか持ち得ない特権的な激しい苛立ちや性急さが奇跡のようなバランスで溶け合っている。そしてそれらをひとつにまとめ上げてペイル・ファウンテンズの刻印を捺しているのはマイケル・ヘッドのしゃくり上げるような声だ。僕はこのアルバムを18歳の時に聴きたかった。それはおそらく僕の人生最大の後悔なのだ。




...FROM ACROSS THE KITCHEN TABLE
The Pale Fountains

Virgin
CDV2333 (1985)

■ Shelter
■ Stole The Love
■ Jean's Not Happening
■ Bicycle Theives
■ Limit
■ 27 Ways To Get Back Home
■ Bruised Arcade
■ These Are The Things
■ It's Only Hard
■ ...From Across The Kitchen Table
■ Hey
■ September Sting
僕は確かこのアルバムを「パシフィック・ストリート」より先に買ったのではなかったかと思う。だから僕にとって「シェルター」での「YEAH!!」というマイケル・ヘッドの甲高いシャウトこそが長い間ペイル・ファウンテンズのイメージだった。何か(おそらくは自分自身も含めた世界のありよう)に対する激しい拒絶と、あるはずもない新しい始まりへの焼けるような希求から成り立つそのシャウトが、このアルバムのすべてをあらかじめ物語っているのだと言っても過言ではない。そういうシャウトが存在するのだ。

このアルバムでも巧みなアレンジは健在で、殊にストリングスの効果的なかぶせ方のセンスには脱帽する他ないが、バカラック・メロディやボサ・ノバなどの影響を強く感じさせたファーストに比べれば、ここでのペイル・ファウンテンズはかなりはっきりとロックを意識しているように思われる。先にも触れた「シェルター」の他にも「ジーンズ・ノット・ハプニング」やタイトル曲のような歯切れのよいギターポップ・チューンが収められており、ファーストよりもネオアコの文脈で理解のしやすい作品になっている。

この作品が彼らのラスト・アルバムとなった。5年にも満たないプロとしての活動とたった2枚のアルバム。しかし、ヒットを飛ばした多くのバンドの名前すら簡単に忘れ去られる中で、多くの人がデビュー・アルバムも含め商業的な成功にはまったく恵まれなかったペイル・ファウンテンズの名前をいまだに覚えているのは決して不思議なことではない。なぜなら80年代のロックの中でも最良の成果のひとつがここにあるからだ。思い詰めたような若きマイケル・ヘッドのボーカルが刻み込んだ偉大なロック・クラシック。




ZILCH
Shack

Ghetto
excd015 (1988)

■ Emergency
■ Someone's Knocking
■ John Kline
■ I Need You
■ Realization
■ High Rise Low Life
■ Who Killed Clayton Square?
■ Up Against It
■ What's It Like...
■ The Believers
僕にとっては長い間幻のアルバムだった。2005年になってようやくアナログ盤を手に入れたときは本当に天にも昇る気分で針を落としたものだ。その後、国内盤としてCDがリリースされているのを偶然ショップで見つけて即買いした訳だが、それくらいこのアルバムは手に入れにくいアイテムであり、そうした事情はまたシャックというバンドがたどった苦難の歴史のひとつの象徴でもあった。そして、このアルバムそのものも、シャックというバンドが本質的に抱えこんだ困難のようなものを色濃く反映しているのだ。

イアン・ブロウディのプロデュースによる本作は、シャックのデビュー作であると同時に、ペイル・ファウンテンズのセカンドに続くアルバムでもある。実際、ペイル・ファウンテンズ名義で発表されても何の違和感もないポップでアコースティックな曲もいくつか収められている。もちろんシンガーもソングライターもプロデューサーも同じなのだからそれも当たり前なのかもしれない。しかしペイル・ファウンテンズのセカンドから3年を経て発表された本作は、その本質においてペイル・ファウンテンズとは異なる。

それは、ひとことで言ってしまえば、何ものかへの焼けつくような希求の喪失だ。それが成就するかどうかにも関係なく、いや成就するかどうかが分からないからこそ強く、激しく、無分別に何かを求めずにはいられない、そういう無思慮で潔癖な直接性が、このアルバムではもはや失われているのだ。しかし、それはこのアルバムが駄作であることを意味しない。なぜなら、僕たちの本当の生はそのような直接性の喪失から始まるものだからだ。その絶望的な後退戦を戦う意志を明確にした本作は、それゆえ、悲しく、美しい。




WATERPISTOL
Shack

Marina
MA16 (1995)

■ Sgt. Major
■ Neighbours
■ Stranger
■ Dragonfly
■ Mood Of The Morning
■ Walter's Song
■ Time Machine
■ Mr. Appointment
■ Undecided
■ Hazy
■ Het Mama
■ London Town
彼らのつまづきの石となったアルバム。といっても音楽的に失敗した訳ではない。1991年、シャックのセカンド・アルバムとして本作のレコーディングを終えた直後、スタジオが火災に遭い、マスターテープもスタジオもろとも焼失してしまったのだ。それではどうしてこのアルバムが世に出たのか。プロデューサーのクリス・アリソンがマスターのDATコピーを作っていたのだ。しかし彼はそれをアメリカでレンタカーの中に置き忘れてしまう。マスターの焼失を知った彼はあわててコピーを探し出したのだという。

結局、このアルバムがドイツのマリーナ・レーベルからリリースされたのは1995年だったが、その頃彼らはすっかりロックの表舞台から遠ざかり、バンドは実質的に解散状態にあった。このアルバムがタイムリーにリリースされていれば、彼らのその後の運命は随分違ったものになっていたはずだと思う。それというのもこの作品が非常によくできたフォーク・ロック・アルバムだからだ。マイケル・ヘッドが得意とするワルツ系の曲から潔いストロークを聞かせるポップ・チューンまで、ソングライティングも万全だ。

前作のレビューで書いているとおり、確かにペイル・ファウンテンズの時のような無鉄砲で向こう見ずな思いこみは影をひそめ、アップ・テンポの曲であってもひとつひとつの歌詞を慈しむように歌うマイケル・ヘッドの内省的なボーカルは、彼が成長の過程で失ったもの、譲り渡したものと、その代わりに得たものを実感させる。プロデューサーが代わったこともあってか、前作と比べてもさらに奥まった印象はあるが、おそらくマイケル・ヘッドが本来やりたかったのはこういう音なのだろう。不遇なアルバムだ。




THE MAGICAL WORLD OF THE STRANDS
Michake Head & The Strands

Megaphone Music
MEGA01 (1997)

■ Queen Matilda
■ Something Like You
■ And Luna
■ X Hits The Spot
■ The Prize
■ Undecided (Reprise)
■ Glynys And Jaqui
■ It's Harvest Time
■ Loaded Man
■ Hocken's Hey
■ Fontilan
1995年にようやくシャックとしてのセカンドがドイツのレーベルからリリースされたとき、彼らは既に実質的解散状態にあったことは前作のレビューで書いたが、その後、マイケル・ヘッドがシャックのギタリストでもある弟のジョンとともにメンバーを集めて結成したのがこのストランズだ。この名義でリリースされたアルバムは今のところこれ一作であり、1999年には再びシャックの名前で復活作となる次作を発表することになるのだが、本作はその前哨戦として、何とか復活の糸口を探したアルバムといえるかもしれない。

内容的には極めて地味である。端的に言ってこれはフォーク・アルバムである。全部で11曲が収録されているが、そのほとんど(というかすべて)はスリーフィンガー・ピッキングかワルツ。ドラム、ベースをフィーチャーしたいわゆる8ビートの曲はない。ここで歌われるメロディ・ラインは紛れもなくマイケル・ヘッドのものだし、ボーカルもあの特徴的な彼の声には違いないのだが、あの胸をかきむしられるような彼独特の性急さはなく、ひたすら自己療養のための習作といった感じの淡々とした曲が続いて行くのだ。

僕がこのアルバムを手にしたのは、1999年、次作が発表される直前のことだった。仕事で訪れたロンドンのバージン・メガストアで偶然見かけて小躍りしながらレジに向かったのである。行く先々のレコード会社でもめ事を起こし、ドラッグでボロボロになっていたマイケル・ヘッドが、おそらくは再起への祈りと願いをこめてひとつひとつ紡いだに違いないミニマルでひそやかな歌がここにある。だれのためでもなく、彼自身が本当に歌いたいことの核心だけを最低限のアレンジでむき出しにして見せた痛々しささえ漂う作品。




H.M.S. FABLE
Shack

London
3984 27911 2 (1999)

■ Natalie's Party
■ Comedy
■ Pull Together
■ Beautiful
■ Lend's Some Dough
■ Captain's Table
■ Streets Of Kenny
■ Reinstated
■ I Want You
■ Cornish Town
■ Since I Met You
■ Daniella
「英国で最高のソングライター」という見出しでNMEの表紙を飾り、同紙で1998年の年間ベスト・アルバムに選ばれた復帰作。しかし、この作品も世に出るまでには幾多の困難があったようだ。当初マイケル・ヘッドはヒュー・ジョーンズとレコーディングに臨んだが、このセッションは未完のままいったん打ち切られている。その後、ユースをプロデューサーに迎えて彼らはレコーディングを再開、本作のリリースに至ったわけだが、当初のヒュー・ジョーンズとのセッションではアルバム1枚分のアウト・テイクが残された。

ユースのプロデュースによる4曲はいずれもペイル・ファウンテンズを思い起こさせる鮮烈なアコースティック・ポップである。長い間すり切れるほどペイル・ファウンテンズのアルバムを聴き続けてきたファンにとって、シャックの新譜がリリースされるということ自体が驚きであったろうが、このアルバム冒頭の「ナタリーズ・パーティ」を聴けばマイケル・ヘッドが帰ってきたということははっきりと分かる。ストランズのアルバムは非常に内省的であったが、ここでは再び世界に向かって開かれた彼の意志が明確だ。

それ以外の曲はヒュー・ジョーンズのプロデュースによるもので、曲調としては比較的穏やかなものが中心だが、「コメディ」「リインステイテッド」といった曲はマイケル・ヘッドのソングライティングがいささかも衰えていないことを示すのに十分だ。一部の隙もなく構築されたアルバムというよりは、ひとつひとつの曲が持つ本源的な力、輝きで全体をドライブして行くタイプの作品。全世界のシャック・ファンを涙させた奇跡のアルバムである。尚、上記のアウト・テイクは後にインディ・レーベルからリリースされた。




...HERE'S TOM WITH THE WEATHER
Shack

North Country
NCCD 002 (2003)

■ As Long As I've Got You
■ Soldier Man
■ Byrds Turn To Stone
■ The Girl With The Long Brown Hair
■ On The Terrace
■ Miles Apart
■ Meant To Be
■ Carousel
■ On The Streets Tonight
■ Chinatown
■ Kilburn High Road
■ Happy Ever After
2003年、前作から4年のインターバルで発表された、シャック名義では第4作めとなるアルバム。シャックが21世紀にアルバムを出すなんて、1995年頃にはいったいだれが考えていただろう。静かなアコースティック・ギターのスリーフィンガー・ピッキングから始まるこのアルバムは、マイケル・ヘッドが80年代、90年代というタフな時代をどうにかこうにか生き抜き、この00年代にもあの声で歌い続けるのだということを僕たちに知らしめる作品となった。もちろんそれまでが彼らにとって不遇でありすぎた訳ではあるが。

前作でようやくその才能に見合う評価を得たマイケル・ヘッドは、ここでは再びストランズの時のような物静かで内省的なフォーク・ソングに回帰してしまったようにも思える。収録された曲の多くはアコースティック・ギターを中心にアレンジされ、訥々とした調子で歌われる。しかし、ストランズのアルバムが、マイケル・ヘッドの不遇な時期から復帰に至る過程にあって、彼自身の自己療養的な側面を強く持っていたのだとすれば、このアルバムでの歌はどれも自信に満ち、世界に向かって開かれているように思える。

それはもちろんトランペットやストリングスを効果的に導入したアレンジのせいもあるだろう。何曲か収録されたエイト・ビートのポップ・ソングの与える力強いモチーフも大きな役割を果たしているかもしれない。しかし、それ以上にこのアルバムの印象をポジティブなものにしているのはマイケル・ヘッドの声かもしれないと僕は思う。ひとつひとつの曲を慈しみながらも、むしろそれらの曲を解放しようとするかのように力強く歌いきるボーカルは、確実に前作で得たものの上に立っている。静かだが意志を秘めた作品。




...THE CORNER OF MILES AND GIL
Shack

Sour Mash
JDNCCD006X (2006)

■ Tie Me Down
■ Butterfly
■ Cup Of Tea
■ Shelley Brown
■ Black & White
■ New Day
■ Miles Away
■ Finn, Sophie, Bobby & Lance
■ Moonshine
■ Funny Things
■ Find A Place
■ Closer
これほどリリースを心待ちにしたアルバムも最近なかったと思う。先行シングルを手に入れるために新宿のレコード屋を巡り、アナログ盤を見つけて買った(シングルはアナログとiTMSダウンロードのみのリリース)。そのシングルから概ね予想できたとおり、とても静かで、とても落ち着いたアコースティックな仕上がりのアルバムである。これは前作でも明らかだった最近のマイケル・ヘッドの傾向で、おもにスリー・フィンガー・ピッキングやワルツの、フォーク系の曲を中心にアルバムが構成されている。

しかし、このアルバムがそうしたいわば地味なテイストであるにも関わらず、決して退屈な作品になっていないのは、やはりひとつひとつの曲の完成度の高さに負うものだろうと思う。丁寧に磨かれたメロディ・ライン、驚くほど雄弁なギター、効果的に挿入されるストリングスやブラス。抑えたアレンジが基調になっている分、ところどころで現れる荒々しいリズム・カッティングが効いてくる。弟のジョン・ヘッドが書いた何曲かもアルバムの中で巧みなアクセントになっている。地味に見えて色彩は豊かだ。

早いリズム、うるさいギター、跳ねるベース。僕はそういう音楽が好きだ。だけど、そういう音楽に慣れた耳ではなかなか聞き分けることのできない種類の高いテンションがこのアルバムにはある。ここにある色彩は目を閉じたときまぶたの裏に現れる微妙な色や模様に似ている。見定めようとするとそれはすぐに変化し、どこかへ逃げて行く。かつてのペイル・ファウンテンズの、かき鳴らされたギターの響きはもうそこにはないけれど、音楽が空中に消えて行く瞬間の心の震えのようなものはあの頃と同じだ。




ARTORIUS REVISITED
Michael Head
& The Red Elastic Band


Violette
VIO-003-CD (2013)

■ PJ
■ Cadiz
■ Lucinda Byre
■ Newby Street
■ Artorius Revisited
■ Daytime Nighttime
ミレニアム・エンドを挟んだ一連の活動期が2006年に一段落し、再び潜伏期に入っていたマイケル・ヘッドが、2013年になって密かにリリースしていたレッド・エラスティック・バンドの6曲入りEP。僕がこのリリースを知ったのは2015年に入ってからで、CDは既に完売していたが、幸いにもiTunes Storeでダウンロードすることができた。ダウンロード販売も捨てたものではない。自ら設立したヴァイオレット・レコードからのリリースだ。

内容的にはストランズや21世紀に入って制作された2枚のアルバムのように、アコースティックを基調としたスリー・フィンガー・ピッキングやワルツ中心の落ち着いたトーン。6曲のうち2曲はオーバーチュアとエンディング的なインストの小品であり、ボーカルの入った楽曲は4曲のみだが、トランペットやチェロをフィーチャーしたり、組曲的な構成の曲があったりして、内省的で静かな印象の作品の中にも特徴のある音作りの工夫が窺える。

だが、このアルバムで取り上げるとすればやはり『Newby Street』だろう。アコースティック・ギターの荒っぽいコード・ストロークに導かれて始まるこの曲では、トランペットが「パッパパ、パッパパ」と小気味よい伴奏をつけ、間奏ではソロも聴ける。中盤ではサイケデリックなエレキ・ギターも絡み、ペイル・ファウンテンズを思い起こさせる仕上がり。ここまで彼を追いかけてきた人間なら涙なくして聴けないはず。入手する価値あり。




ADIÓS SEÑOR PUSSYCAT
Michael Head
& The Red Elastic Band


Violette
VIO-025-CD (2017)

■ Picasso
■ Overjoyed
■ Picklock
■ Winter Turns To Spring
■ Working Family
■ 4 & 4 Still Makes 8
■ Queen Of All Saints
■ Josephine
■ Lavender Way
■ Rumer
■ Wild Mountain Thyme
■ What's The Difference
■ Adios Amigo
レッド・エラスティック・バンドの名義では初めてのフル・アルバム。これもノー・マークで新宿のタワレコの店頭で見つけ、「え? え? こんなん出てるの?!」てなりながら震える手でレジに持って行った。前作となるミニ・アルバム同様にスリー・フィンガー・ピッキングやワルツ系の曲が多く落ち着いた印象だが、ドラム、ベースを入れたフル・バンドで制作されており、アルバム全体としては外に向かって開かれた風通しのよさを感じる。

1984年にペイル・ファウンテンズでデビューしてから40年近く、当初はアズテック・カメラやオレンジ・ジュースらとともに、ポスト・パンクの流れのなかでアコースティックかつメロディアスなギター・ポップを奏でる一連の動きのひとつとして位置づけられたが、なかでもマイケル・ヘッドの音楽の中心にあったのはロックの範疇にとどまらない幅広い音楽性であり、ビートよりはメロディへの信頼であった。その視線はここでも明らかだ。

ここにはキラー・チューンとなるようなビート・ポップはないが、それでも曲調のメリハリには注意が払われていて、ひとつひとつの曲が丁寧に磨き上げられ、あるべき場所に配置されている。マイケル・ヘッドはそのラッキーとは言い難い音楽人生のなかで、それでも彼の音楽的な才能をいささかも損なうことなく、老成させることもなく、音楽の力でできることを少しずつやり続けてきた。耳をそばだててじっくりと聴き入りたいアルバム。




DEAR SCOTT
Michael Head
& The Red Elastic Band


Modern Sky
M4826-UK-CD (2022)

■ Kismet
■ Broken Beauty
■ The Next Day
■ Freedom
■ American Kid
■ Grace And Eddie
■ Fluke
■ Gino And Rico
■ The Grass
■ The Ten
■ Pretty Child
■ Shirl's Ghost
たまたま「マイケル・ヘッド」でググったら新譜情報がヒットしてあわててタワレコに発注した5年ぶりの新譜であり「赤い輪ゴム」名義での2枚めのフル・アルバム。なんだかんだコンスタントに新譜を出してきてくれるのは彼の音楽を聴き続けている者としては嬉しい。長いつきあいになったなあと思う。ビル・ライダー−ジョーンズをプロデューサーに迎え、バンドに加えストリングスやブラスも導入などきちんとカネをかけたアルバム。

もちろんモノが悪ければいくらカネをかけて飾りたてたところで聴くに値する作品にならないのは自明だが、そこはさすがにマイケル・ヘッドで、彼のソングライターとしての地力がいささかも衰えていないことは作品を聴けばすぐにわかる。それどころか、ひそやかで穏やかではあるものの、ひとつひとつの曲の表情はここしばらくなかったほどはっきりし、自信をもってフル・アルバムを構築できるほど心身が充実していることが窺える。

ジャカジャーンとくるようなキラー・チューンがあるわけではないが、すべてを歌い終えた後に歌われなかった最も大事なことの輪郭がくっきり立ち現れてくるような、複雑に入り組みながらもひとつの物語としての鮮明な像を焼きつけるような、余白を残した彼独特の丹念なつくりの曲が惜しげもなく12曲詰めこまれている。ストリングスとブラスがその陰影をきわだたせており、じっくりと何度も繰り返して聴くに足る名作といってよい。



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