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ボビー・ギレスピー自伝
Tenement Kid

ボビー・ギレスピー (萩原麻理・訳)

イースト・プレス
2022

イギリスのバンド、プライマル・スクリームのフロント・マンであるボビー・ギレスピーの自伝である。1961年、スコットランドのグラスゴーに生まれてから、世界中にプライマルズの名前を知らしめたアルバム「Screamadelica」でブレイクするまでを描いている。

プライマル・スクリームは音楽的スタイルを節操なく変化させ続けてきたバンドである。デビュー作はバーズにインスパイアされたフォーク・ロックだったがセカンドでガレージになり、3枚めは大胆にハウスにアプローチした「Screamadelica」だった。その後もストーンズ直伝のタメの利いたロックから機能的なテクノ、さらにはカントリー・ロックへとアルバムごとに大きな振幅を見せた。

そのなんでもありのスタイルを僕はロック臨死体験と名づけたが、彼らはまさにロックの彼岸を見ながらもそこから生還し、今もなにくわぬ顔をして瀕死のロックを奏で続けている。おそらくボビーにはスタイルはどうでもよく、ニール・イネスが音楽的なブレーンなのだろうと思っていたが、このボビーの自伝を読めば、彼自身が非常に幅広い音楽を聴いて育っており、ジャンルを超えていいものはいいと感じられる耳を持っていたことがわかる。

彼自身多くの音楽的引きだしを持っており、かなりクレバーで周到な自己プロデュースを行っていたのだろう。それぞれのアルバムを制作するに至った経緯なども詳しく書かれており、ボビーがその時々の事情にはもちろん左右されながらも、自覚的にアルバム・コンセプトを組み立てて行ったことが窺われる。

本書はアルバム「Screamadelica」のリリースまでで終わっているが、その後のアルバムがどのように制作されたのか、是非続編を待ちたい。

スリリングだったのはボビーがジムとウィリアムのリード兄弟とめぐり会い、ドラムとして初期ザ・ジーザス&メリー・チェインに参加するあたり。ボビーがクリエーション・レーベルのアラン・マッギー(ひとつ上の地元の音楽仲間)に「自分が聴いたなかでもすでに世に出るべきシングルが2曲ある、そのレコードはお前が出すんだ」とたきつける場面は最高だ。

この時期、ボビーはプライマル・スクリームとしてのデビューを企てながら、ジザメリのドラムとしてレコーディングやツアーに参加していた。このころの描写がいちばん熱がこもっていて生き生きと書かれていると感じるのは気のせいではないだろう。おそらくはボビーがいちばん生を間近に感じていた時期ではなかったかと思う。

ジザメリの初期の曲のビデオ・クリップを見ると、ボビーがスネアとフロアタムだけのセットをいかにもやる気なさげに右手と左手で交互にドンパンドンパンとたたいているのがわかる。クリップを見た当時は撮影用のアクションだろうと思っていたが、本書を読むとどうも実際そんな感じだったらしい。まあ、ボビーがガッツリとドラム・セットの前に座り正確なビートをたたけるとも思わないのでそうだったんだろう。

ジム・リードがボビーに電話で「メリー・チェインのフルタイムのドラマーになってほしいんだ。プライマル・スクリームはやめてほしい。両方のバンドをやるのは無理だ。選んでくれ」と告げるシーンは真に迫っている。

「血の気が引くのがわかった。俺は何も言えなかった。ずいぶん長い間黙っていた気がしたが、たぶん数秒だったはずだ。俺は答えた。『OK、じゃあ俺はプライマル・スクリームをやる』。それで終わりだった。もう話すことはない。ごく短い会話だった。俺はひどい気分だった。これでもうおしまいだ。ジ・エンド。俺はメリー・チェインを愛していた」

バンドとしてはもう少しまともなドラマーを入れて次の段階に進みたかったんだろう。このへんの経緯がこうやってなまなましく書かれているだけでもこの本の価値はある。これによってボビーは腹をくくってプライマル・スクリームに専念することになる。客観的に見てもちょうどそのタイミングがめぐってきていたということなのだと思う。

他にも『I'm Losing More Than I'll Ever Have』がアンドリュー・ウェザオールの手によって『Loaded』に生まれ変わるくだりなどロック史のなかで重要な瞬間が記録に残されたことは大きい。ロックがEを媒酌にダンス・フロアと婚姻した瞬間だ。パンクはロックを殺せなかったが、ハウスはロックを殺した。あるいは不可逆的に変容させた。その現場がここだった。

その他にもイギリスにおける階級社会のキツさとか、スコットランドとアイルランドとイングランドの関係とか、さらにはパンクの洗礼を受けたキッズにとってのビートルズの位置づけとか、日本にいてCDを聴いているだけではなかなかわからないイギリスの音楽事情、社会事情のようなものがボビーの実感として窺えて読みごたえがある。本書は、世代的なものも含め、同時代の貴重なユース・カルチャーや風俗の記録でもあるだろう。

ボビーがデビュー作から一作ごとに目まぐるしくスタイルを変え続け、それにもかかわらず一聴するだけで「あ、プライマルズや」とわかる記名性を獲得しているのは、その背景に雑多ともいえるくらいの幅広い音楽への愛情と、それを対象化して同一平面上に展開できる―アーティスト的というよりは―DJ的な資質があったからだろう。そのことがよくわかる自伝だ。

(2022.10.14)



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