今夜、ありふれた街角で
ある春の午後、夕暮れ迫る街角で、30歳前後の男二人が立ち話をしている。 S: やあ、ひさしぶり。どうしたんだい、こんなところで。 N: やあ、君かい、ひさしぶり。ちょっと古い友達の誕生日に呼ばれてね。 S: へえ、ところで君、ドイツで働いてるって聞いたけど。 N: そうなんだ。転勤でね、もう2年になるよ。 S: どんな調子だい? N: (ため息をついて)まあ、悪くないよ。仕事は順調で管理職になったし、子供もドイツで生まれた。休みには愛車のBMWに家族で乗り込んでベルギーやオランダにドライブ、(だんだん声が小さくなる)結婚記念日には古城ホテルでディナーだ、家は広いしさ、絵に描いたみたいに幸せだよ。 S: そう言う割りには元気がないじゃないか。 N: そうかい? S: そうだよ、疲れてるんじゃないのか? N: そうかもしれない、まあ同じ会社で8年も働いてれば誰だって少しは疲れるさ。 S: へえ、そんなもんかね。何の仕事だったっけ? N: 銀行員だよ。今は資金・為替のディーラーをやってる。ドル円相場だとか、オフショアマーケットだとか、金利スワップだとか、ジャパンプレミアムだとか、そういうヤツさ。 S: 何だかよく分からないけど大変そうだね。 N: まあね。(力なくうなづく) S: ところで佐野元春の「フルーツ」は聴いたかい。 N: もちろん。 S: どうだった。 N: うん、何というか、僕は勇気づけられたよ。 S: と言うと? N: そうだな、なかなかうまく言えないんだけど、現実とコミットしながら常に次を模索して行くんだという佐野元春の意志がより明確になったっていうか、変わるべきものと引き継がれるべきものを取捨選択する中で佐野元春の現在が見えてきたっていうか、(だんだん元気を取り戻す)何というか、とにかくアップトゥデイトなのにエバーグリーンっていう感じで、それがすごく嬉しかったんだよ。 S: ふうん、難しいね、でもよかったってことだね。 N: もちろん。 S: 僕もすごく気に入ったよ。僕は何だか一緒に佐野元春のライブを見に行ったりした高校時代の友達のことや昔のガールフレンドのことをちょっと思い出しちゃったよ。 N: 僕は「ヤァ!ソウルボーイ」が好きだな。(歌い出す、が著作権の都合で割愛) S: 僕もだよ。(声を合わせて一緒に歌い出す、が著作権の都合でやはり割愛) S&N: (徐々に盛り上がり感極まって泣きながら歌っている、が著作権の都合でどうしても割愛) N: (鼻水をかみながら)いやあ、何だかすっきりしたよ。でももう行かなくちゃ。 S: その友達に会ったらなんて言うつもりだい? N: まずは誕生日おめでとう。それから何か言うとすれば、転がる石には苔は生えないってことかな。 S: オーケー、僕からもよろしく伝えてくれよ。それじゃあまた。 N: うん、近いうちにまた会おう、それじゃあ。 手を振って別れてゆく二つの人影、辺りは暮れ始めている。 1997-2003 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |