ありきたりだけど、元春ナンバー・ベストテンを選んでみることにしました。ベストテンの4位以下は順不同です。それから9曲しかないのは、最後の1曲を選びきれないから。最新アルバム「THE BARN」の曲は今回選考対象外としています。ベストテンの他に番外で3曲を選びました。
●ダウンタウン・ボーイ
「すべてをスタートラインに戻してギアを入れ直している君」そして「たった一つだけ残された最後のチャンスに賭けているくわえタバコのブルー・ボーイ」、それは僕だった。すべての若きジャンクたちが、そこに自分のことが歌われていると思った瞬間、佐野元春は他のだれにも真似のできないマジックを手にしたのだ。自分自身の成長と向かい合う時、もはやどうしようもなくその一部となってしまっている僕にとってのThe Song。シングル・バージョンをベストに挙げたい。
●LOOKING FOR A FIGHT−ひとりぼっちの反乱
「冬の朝とても早く、眠れぬ夜をあきらめて、友達からの長い手紙を読み返す」。しばらく連絡もとっていなかった古い友達からメールが届いた。そこにはちょっとした近況とともにこんなことが書かれていた。「佐野元春」で検索をしたら君のホームページを見つけました、と。タフなこの世界にファイトを探して。シングルで聴きたい。
●I'm in blue
「たぶん僕は負けたんだ、ただ夢見てるだけなんだ、でも構わないで、好きにさせて、そう、心配いらないよ」。漂泊してゆく都会のボヘミアン、強がってみせるプライド。行くあてがどこかにある訳じゃないけれど、ここにいる訳にもゆかない。伊藤銀次の細い声のコーラスもせつなげにきまっている。アルバム「SOMEDAY」に収録。
●ジュジュ
「ジュジュには二度と悲しましたりしないぜ」と歌う佐野元春の声の震えがそこに残した音楽の輪郭のようなもの。意外なほど穏やかで肯定的な佐野元春の世界へのまなざしが、心の中のどこか、ふだんとは違う場所を、静かなざわめきのように揺らしてゆく。アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」に収録。
●水の中のグラジオラス
どうしてラブソングは乾いたカスタネットの音しか奏でないのか?佐野元春が「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」で試みたのがラブソングに対する挑戦であったとすれば、本来そのスタートになったはずの曲だったのかもしれない。おれはおれたちの時代にしがみついているモラルのハンマーを憎む。古田たかしのドラムがいい。
●マンハッタンブリッヂにたたずんで
「街に暮らしてると毎日少しずつ、シニカルになって夜を見つめてしまう」。街の哲学者佐野元春が歌う現代の寓話または都市のロマンチシズム。救済を求める内省的な魂が迷い込んだ夜の深みに、静かに響く口笛、そして「愛はここにある」という言葉。「これからどこに行くのか教えて欲しい」。アルバム「NIAGARA TRIANGLE VOL.2」に収録。
●ヤァ!ソウルボーイ
「ダウンタウン・ボーイ」「Wild Hearts」の続編とも言われる。人気のない海岸線をずっと眺めながらその胸に今去来するものは何なのか。あれから長い時間が過ぎた後、「もう一度たたきのめす」と歌う言葉の強さ、手つかずの新しさに、なぜか泣けそうな気持ちになった96年。これでOKの佐橋佳幸のリードも言うことなし。アルバム「フルーツ」に収録。
●Wild Hearts−冒険者たち
清らかに歩くためには口をつぐむしかない世界。現実とコミットする中でこそイノセンスは試されなければならないという佐野元春の世界観が明快に現れた。だれもが心に抱える見知らぬ夜明け、そこから始まって行くものに僕は夢を見ることができただろうか。それを僕は肯定することができただろうか。シングル・バージョンの固いスネアの音が僕には心地よく響いた。
●NEW AGE
「昔のピンナップはみんな壁からはがして捨ててしまった」。力強いスキャットで始まるイントロから、アウトロの「Hey Bungalow Bill」まで、「虚ろなマーマレード」から「冬のボードウォーク」まで、最もクールでストイックな佐野元春がここにいる。冷たい風を切って大股で歩く心地よさ、佐野元春にとってのNYとはそんなものだったに違いない。アルバム「VISITORS」に収録のオリジナル・ロング・バージョンを聴くしかない。
番外編
●ダンスが終わる前に 渡辺満里奈
元春ナンバーとナイアガラ・サウンドの幸福な婚姻。最後にメロディを変えて歌われる「ダンスが終わる前に」のフレーズは果たして佐野元春のオリジナルなのか、大滝詠一のイタズラなのか。「口づけはいらない、変わらない約束だけでいい」。こんな詞を書かれてしまうともう何も言うことがなくなってしまう。ミニ・アルバム「Ring A Bell」に収録。
●デトロイト・メドレー ライブ
あまりにもスプリングスティーン。でもライブでこのメドレーが始まったら身体じゅうの血が逆流するのを止めることができなかった。一度でいいからザ・ハートランドの演奏をライブ・ビデオに完全な形で収録して欲しかったが、それよりは僕の心の中にこそ残っていることでいいのかもしれない。僕がかつていつでもライブで一番演奏して欲しかった曲、それは「SOMEDAY」でも「Rock & Roll Night」でも、「Heart Beat」ですらなく、この曲だったのだ。
●Christmas Time In Blue 1年に1回だけ
85年のクリスマス、僕は知り合ったばかりのガール・フレンドのために「Christmas Time In Love」と題したストーリーを書いた。僕にとって、個人的な思い出のありすぎる大切な曲。だから真夏のライブで演奏されたりベストに収録されたりするのは我慢ならなかった。今でも1年に1度だけCDをかける。それ以外の時はいつも僕の頭の中で鳴っている。