Winter Wonder Meeting 2012 ■Winter Wonder Meeting 2012 オープニングの『Destination』に続いて『NIGHT PRETENDERS』のイントロが流れ出した時、僕は「来てよかった」と思った。僕が伊藤銀次のレパートリーの中でも最も好きな曲のひとつ、そして最もバンド・スタイルで聴きたかった曲。『ガラスのジェネレーション』の出自を明らかにするようなアレンジのマジックはバンドでしか表現できない。この曲が聴けただけで足を運んだ甲斐があったと言っても過言ではないくらい僕の求めていたものにぴったりの演奏だった。 伊藤銀次のアコースティック・ライブには何度か足も運んだし、銀次の音楽の本質を蒸留して取り出したようなキラキラした音楽のひとしずくを聴くのは新鮮な体験だった。そこでは美しいメロディや複雑な和音の響きがしっかりと聞こえてきて、銀次の作品がいかに奥深く豊かな音楽の鉱脈に裏づけられているかを改めて知ることができた。しかし、そうして得られた音楽の結晶に再びバンドでビートを与え、僕たちの胸を軽快にノックするポップ・ソングの楽しさもまた、銀次の音楽の不可欠な要素のひとつだったはずだ。 だからこの、久しぶりのバンド形式のワンマン・ライブは長い間聴きたかったものだ。そして、玉城ちはる、杉真理をゲストに迎え、アコースティック・セットを途中にはさみながら、25曲以上、3時間近くに及んだライブは、その期待を裏切らなかった。 『NIGHT PRETENDERS』の他に特に嬉しかったのは『ほこりだらけのクリスマスツリー』。オリジナル・アルバムには収録されていないが、銀次のクリスマス・ソングといえば『雪は空から降ってくる』よりもひそやかな感じがして好きな作品。まさか銀次の生歌で聴く機会があるとは思っていなかったのでとても感慨深かった。 だが、最も印象的だったのは『BABY BLUE』。おそらくは高校2年のある日だったと思うが、友達から借りたLPレコードをターンテーブルに乗せ、初めてこの曲のイントロがスピーカから流れ出した時のことは今も忘れない。実家の勉強部屋の様子が目の前にパーっと広がる気がして、あれから30年を経て、この曲を下北沢のライブハウスで聴いている、その時の流れの不思議さを僕は思わずにはいられなかった。 嬉しかったのは、この日の演奏が決して身内のためだけの同窓会に自閉することなく、ポップ・ソングの魅力を訴えかけるだけの普遍性を持ち得ていたことだ。実際にあの場に足を運んでライブを見ていたのは古いファンがほとんどだったと思うが、曲そのもののもつ本質的な魅力に加えて、コンパクトでミニマムでありながらもカラフルで表情豊かなバンドの演奏は狭い会場の限られたファンだけに独占されておくのはもったいないものだった。 ゲストの杉真理もよかった。特に『泣きやまないでLOVE AGAIN』のコーラスを杉真理がつけるところなどは感涙を禁じ得なかった。一方で『A面で恋をして』や『幸せにさよなら』を玉城ちはるを加えた3人でやったのはやや無理を感じた。ここはひとつ杉真理の『あの娘は君のもの』あたりをデュエットして欲しかったところだ。 2013年もバンドでの活動を是非続けて欲しい。そして、銀次の新しいスタジオ音源も聴いてみたい。リリカルで繊細でありながらも、ポップ・ソングとしての開かれた平明さと普遍性を備えた銀次の作曲センスはこの慌ただしい2010年代にあってこそその価値を認められるべきものだと思う。フル・アルバムでなくてもいいから、今の銀次の表現を聴いてみたいと思う。 2013 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |