logo バースデイ・パーティ参加レポート


僕はオフ会というものが苦手だ。というよりそういうものには参加したことがない。もちろんサイトを運営していて、あるいはネットをぶらついていて、偶然知り合った人と会って話をしたいと思うことはあるけれど、そういうとき、僕は相手に直接連絡をして2人で会うようにしている。身も蓋もない言い方をすれば、休みの日ぐらい余計な気を遣わないで本当に話をしたい人とだけきちんと向かい合いたいということだ。

だから、この伊藤銀次バースデイパーティの誘いを受けたときも、内心躊躇はあった。オフ会でないにせよ、少人数で催される内輪のパーティに出ることは、率直に言って面倒くさいし鬱陶しい。しかし僕がある意味では佐野元春より深い思い入れを抱いているアーティストでありソングライターである伊藤銀次と直に会いたい、そして10年以上聴いていない銀次の生の歌を聴きたいという気持ちが僕のケツを蹴飛ばしたのだった。

このパーティは「DREAM TIME」という銀次のファン・サークルが主催して毎年行われているものである。僕はこれまで話にだけは聞いていたのだが、なにぶん遠いところに住んでいたのでちょっと参加する機会もなかった訳だ。集まる人数はだいたい20人から30人程度らしい。今回は20人ほどが、冷たい雨の降る12月7日の夕方、池袋のとあるレストランに集まった。

乾杯の後、少しばかり歓談したところで、アコースティック・ギター1本による銀次のミニ・ライブが始まった。曲目など詳しい内容をここに書いていいものかどうか僕にはよく分からないが、他のアーティストのカバーなどを含めて10曲強、MCをはさみながらおそらくは1時間弱くらいのライブだった。もちろんギター1本なのでできることにはおのずから限りはあるが、それでも「グラストゥリーの夜」みたいな静かな曲から、「夜を駆けぬけて」のようなロック・チューンまでを聞かせてくれた。

僕はほんの2メートルほどの距離からそれを見ていたのだが、何というか、中世ヨーロッパの王侯貴族がサロンで宮廷音楽家の演奏を聴いているようなすごく贅沢な気分である。銀次の細い声は変わらないが、すごく音程がしっかりしていて高音もキレイに出ていた。銀次ってこんなに歌上手かったっけ、というのが正直な感想だ。逆に本人も「あんまり練習してないから」と言っていたとおり、ギターの伴奏の方は曲によってはかなりメロメロだったりした。

それにしてもギター1本で丁寧に演奏されるのを聴くと、銀次の曲がいかに複雑で優雅なコード進行を持っているのか、美しいメロディを持っているのかということに改めて感心する。「雨のステラ」や「BABY BLUE」の、流麗で自然なメロディの流れの背後にどれだけ微妙なテンションが潜んでいるか、間近で銀次自身の運指を見て、ギターの弦の1本1本の響きを注意深く聴くとそれが本当によく分かるのだ。それは感動的ですらあった。

もちろんひとつひとつの曲に、僕自身さまざまな思い出があり感慨がある。しかしこの日、銀次の曲はまさにその完成度の高さゆえに、まったく古びることなく僕の心を打った。それは確かにそのライブの親密な雰囲気に負うところも大きかっただろう。しかし僕は伊藤銀次のソングライターとしての資質の高さを思わずにはいられなかった。

再び歓談の後、バースデイケーキのカットがあり、参加者が持参した思い思いのプレゼントを手渡す時間になった。僕が自分のサイトのオリジナル・ボールペンを銀次に渡して「僕のサイトのオリジナルのボールペンです。よかったらご覧になって下さい」と言うと、銀次は僕のボールペンを眺めた後、「ああ、Silverboy君か。時折見せてもらってるよ」と答えてくれた。ここは呉エイジ的にフォントを大きくしたいところだが、正直に言って僕はすごく舞い上がってしまった。

その後少し話をしたのだが、それは発表を前提とした発言ではないのでここでは書かない。いずれまた架空インタビューとしてでも書く機会があればと思うけど、今回はそこまでゆっくり話した訳でもないので。ただ、僕としては銀次本人ときちんと話ができて、いくつか以前から伝えたいと思っていたことを言えたのが、そしてそれに銀次のコメントをもらえたのがごくごく単純に嬉しかった。

最後に書いておきたいのは銀次のソロのことだ。僕は今こそ銀次がソロの作品を発表するべきだと思う。ロックというものが大したものでも何でもなくなり、中学生がカラオケで器用にファンク・ポップを歌いこなす時代にあって。連綿と続くロック、ポップスの歴史の最も良質な部分と最もダメな部分の両方を熟知しながら、その中から的確にエッセンスを取り出し、現代的な文脈でそれを再構築することのできる数少ないクリエイターの一人として。それこそが銀次のやるべきことだと思うし、最後に「がんばるからさ、もっともっと」と握手しながら言ってくれた銀次に対する僕の答えだ。



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